2022年11月のラリージャパンで世界初公開された『GRヤリス・ラリー2コンセプト』は、トヨタが今後しばらくラリーにコミットし続けるという強い決意の証である。
トップカテゴリーであるWRカーやラリー1でのWRC世界ラリー選手権参戦は、企業のプロモーション活動としての役割が大きく、世界中の人々にトヨタのモータースポーツイメージを植え付けることに成功した。しかしF1と同様に、ラリー1は限られた選手だけがステアリングを握ることができるエリート用マシンであり、一般的なラリードライバーにとっては夢を描くことが難しい。
現実的に、彼らにとっての最高峰マシンは3000万円程度の予算があれば手に入るラリー2である。実際、世界各国のラリー選手権は多くの国でラリー2車両がトップカテゴリーに位置づけられ、WRCにおいてもラリー1直下のステップアップマシンとして、WRC2シリーズを支えている。
■トヨタ育成ドライバーが他社のラリーカーで参戦する状況が続いた
ラリー1に参戦しているヒョンデやMスポーツ・フォードも、ラリー2にかなり力を入れており、これまでトヨタだけがステップアップマシンを持っていない状況だった。そのため、育成ドライバーである勝田貴元も、ヤリスWRCのシートを得るまでは、フォード・フィエスタR5でラリーを戦い続けるしかなかった。
また、勝田に続く3人の日本人育成ドライバー(大竹直生、小暮ひかる、山本雄紀)たちは、現在ルノー・クリオ・ラリー4で経験を積んでいるが、ステップアップしたとしても欧州やヒョンデのラリー2車両以外に選択肢はない。
そのような状況は、ラリーによるモータースポーツイメージを強化したいトヨタにとって受け入れがたいものであり、しばらく前からラリー2プロジェクトを進めていたと聞く。それが、ついにかたちになったのが、GRヤリス・ラリー2コンセプトである。
■3気筒エンジンのメリットと懸念
GRヤリス・ラリー2コンセプトは、量産車のGRヤリスをベースとしており、ライバル車両よりも基礎体力はかなり高い。また、フィンランドに本拠を置くTGR-E(TOYOTA GAZOO Racingヨーロッパ/旧TMG)のエンジニアが開発を手掛けていることからも、クルマが完成した際のパフォーマンスは間違いなく高いだろう。
多くのラリー2マシンを見てきた上での新規開発ということで、スタートラインについてもかなり有利だ。さらに、シュコダのワークスドライバーとしてファビアR5を駆り、WRC2プロのチャンピオンに輝いたカッレ・ロバンペラのノウハウも大きな財産に違いない。
唯一、気になるのは市販車にも搭載されるGRヤリスの1.6リットル3気筒ターボエンジンが、きちんと機能するかどうかだ。現時点でラリー2車両唯一の3気筒であり、重量やトルクの面でのメリットはかなり大きい。一方で、3気筒特有の振動を消すために市販車では1次バランサーを備えているが、アウトプットの面ではやはり不利になる。また、ラリー2仕様エンジンにチューニングした際、果たしてハードな使われ方に耐えられるかどうかという不安もある。
規則的には1次バランサーを外すことも可能だろうが、そうすると振動による影響は避けられず、やはり耐久性の面で不安がある。そのあたりを、エンジン開発チームがどのように対処しようとしているのか、非常に興味深い。
■かつてのミツビシとスバルが実証。クルマが一級品なだけでは駄目
戦闘力が高いクルマができあがったとしても、その供給体制やサポート体制がきちんと整備されていなければ、ロングタームでカスタマーを惹きつけることは難しい。かつてグループNの時代に、ミツビシは各国のラリーアート・ブランドを活用してサポートやパーツの供給を円滑に行なった。そのため、カスタマーは安心してランサーエボリューションでラリーに出ることができていた。
一方、ライバルであるスバルは、インプレッサWRX STIのサポート体制が初期は充分ではなかったため、なかなかカスタマーを増やすことができなかった。しかし、人員を含めカスタマー部門を強化していったところ、シェアが急速に高まっていったという歴史がある。
現在のラリー2においては、もっとも長い歴史を誇るシュコダとMスポーツのサポート体制が充実しており、パーツも比較的スムーズに手に入る。いくらクルマ自体のパフォーマンスが高くとも、パーツの入手に時間がかかったり、サポートが手厚くなければカスタマーはやがて離れていく。GRヤリス・ラリー2がホモロゲーションを取得してカスタマーたちの手に渡るまでにはまだ時間がありそうだが、フィンランドのTGR-Eはクルマの開発だけでなく、サポート体制についてもしっかり準備を進めていく必要がある。
ワークスチームという身内で完結する活動ではなく、プライベーター相手のビジネスは、市販車を開発して一般の人々に販売することにきわめて近い。マニュファクチャラーではなく、自動車ディーラー的な対応が求められるという点で、トヨタにとっては新たなる挑戦となるだろう。
また、何かしらの事情で経営や経済環境が変わり、モータースポーツ活動を縮小しなければならなくなった時、ワークスチームならば区切りをつけやすいが、カスタマー活動はそうはいかない。数年間はサポートを続けなくてはならず、だからこそラリー2への参入は、トヨタが今後しばらくラリーにコミットし続けるという強い決意の証であると、冒頭で記したのである。