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全国各地で公有地を売却や賃貸しする際、その価格が適正なのかトラブルが相次いで噴出している。安倍政権時代の森友学園問題が象徴的で、政治的な対立をきっかけに注目されるケースが多いが、そもそもの制度的に根深い問題が横たわる。

歳入確保や役所のリストラで民間に売却するにせよ、国民・住民の共有財産になぜ適正な値付けができないのか。現場を歩き、当事者・専門家に話を聞いた。第1回は、東京都武蔵野市が昨年10月、吉祥寺駅前の一等地にあった駐輪場を不動産業者に売却し、元市長などの住民が現職市長を訴えたケースを取り上げる。

東京・武蔵野市役所( fuku41/PhotoAC)

なぜ一等地が“叩き売り”に?

入札もせず、随意契約で割安での譲渡が半年前に急に報告され、市議会は紛糾。その背景をめぐり週刊誌でも報道されたが、市民団体が8月24日、現市長を相手取って住民訴訟に。発覚したきっかけは武蔵野市の「リベラル vs 保守」の政争だった。

しかし、そもそもなぜこのような不透明な売却が可能だったのか。

元衆院議員で、かつて22年武蔵野市長を務めた土屋正忠氏は、10月19日に開催された「武蔵野市民の財産を守る会」の集会で「私は56年、市政に携わってますが、聞いたことがないし、あり得ない」と憤った。

ことのあらましはこうだ。昨年5月、JR吉祥寺駅北口から徒歩1分の超一等地を都内不動産事業者に売却することが突如として報告された。この土地は、20年あまりにわたって、市営駐輪場として利用されてきた土地だ。市が代わりに確保したのは、吉祥寺駅から350メートルほど離れた場所にある土地。駐輪場の土地を売却した不動産業者と同じ業者から、公有地の拡大に関する法律を適用したうえで購入した。「商業地区・容積率600%の土地を売却して、近隣商業地・容積率300%の土地を買った」(土屋氏)のだという。

外からはまるで、武蔵野市が保有している土地と、不動産業者が保有している土地を交換したような形に見える。

また、集会に参加した小美濃安弘市議によると、新たに市が購入した土地は、吉祥寺駅から徒歩で4分以上かかるという。さらに、駐輪台数はこれまでの698台から546台に減少する。

吉祥寺駅周辺の放置自転車問題に長年、頭を悩ませてきた武蔵野市。そんな市にとって、新たな駐輪スペースの確保は喫緊の課題であったはずだが、突然の売却。そして、それまでよりも遠く、収容台数の少ない新たな土地を購入と、住民ならずとも首をかしげたくなり土地の購入・売却劇だろう。

土屋氏はさらに、土地の売却価格にも問題があると指摘する。

吉祥寺の駅の北口から徒歩1分という超一等地が、わずか1坪あたり524万円で売却されてしまった。9月に発表になった東京都基準地価格によれば、吉祥寺駅北口正面すぐの場所にあるサンロード商店街の価格は1坪あたり2200万円。今回、売却された駐輪場は、サンロード商店街から大きな道路を1本挟んではいるが、1坪あたり524万円という売却価格はいくら何でも非常識だ

吉祥寺駅前の一等地にあった市の駐輪場跡地。跡地はビルが建つ予定(10月中旬、編集部撮影)

売却先を香港ファンドが買収

土屋氏ら市民団体は、8月25日付で、「旧駐輪場の土地を不当に安く売却し、新駐輪場の土地を不当に高く購入した」として武蔵野市の松下玲子市長にあわせて9億9870万円の損害賠償を求める住民訴訟を東京地裁に起こした。

ただでさえややこしいこの問題を、さらに複雑にしている要素がある。それは、武蔵野市が旧駐輪場の土地を売却した会社の素性だ。9月20日、香港の投資ファンドが、旧駐輪場の土地を武蔵野市から購入した不動産業者にTOB(株式公開買い付け)をすると発表した。友好的TOBと報道され、この不動産業者も賛同の意見を表明している。

経営権がもし香港の投資ファンドに移ってしまったら、この契約の内容はどうなるんだ。『売却された駐輪場跡地を駅周辺の公共貢献、吉祥寺東部地区の発展、環境浄化対策などに資するよう開発していく』という当初の契約内容が履行できなかった場合に、売却先企業へのペナルティはあるのかと議会で副市長に質問したところ、副市長は『ペナルティはありません』。このように答えました」(前出・小美濃市議)

不動産業者と武蔵野市との契約書には駅周辺の公共貢献、吉祥寺東部地区の発展、環境浄化対策などに資するよう開発していく旨が記載されていた。そして、「権利者が変わったとしても、土地の所有者から第三者に変わったとしても、次の事業者がこの契約を継承すること。こういうことがこの契約書には書かれていたわけです」(小美濃市議)という。

なお、11月4日、香港の投資ファンドによるこの不動産業者へのTOBが終了。11月11日をもって、不動産業者は香港の投資ファンドの傘下に入った。

旧駐輪場の土地を売却した不動産業者が香港の投資ファンドの傘下に入ることによって、吉祥寺駅周辺の駐輪場跡地の開発がどのように変わっていくかは現状では不透明だ。そして、松下市長がどこまでこの話を知っていたのかも分からない。しかし、不安や不信感を覚える市民は少なくないだろう。そもそも、市民にとって駐輪場の土地が売却された話自体、突如として降ってわいたような話なのだ。

「松下市長は本件に関して、説明らしい説明は今に至るまでしていない。土地を売却するっていうような非常に重大な情報を市報にすら一度も載せていない。昨年の5月17日に一度、市議会で実にさりげない話かのように『こういうプロジェクトチームができました』という話が副参事(課長級職員)からされましたが、それだけです。だから、議会は『何かおかしいな』と思いながらも、そういう重要なことが今決まってるのかってことについては、あまりピンとこなかったんだね」(前出・土屋氏)

誰が市長でも叩き売り「可能」

市長の責任を問う住民集会(10月19日、編集部撮影)

市民の戸惑いが大きいことは想像に難くない。そもそも、なぜ、このような“超重要”な事案が、議会に一度も諮ることなく、進められてしまったのか。

週刊誌やネットメディアでは、「リベラルvs自民」の構図で語られがちなこの問題。だが実は、松下市長だけでなく、どの市長でもやろうと思えばやれてしまう、制度上の問題が存在する

たとえば、旧駐輪場の土地を「不当に安く売った」(土屋氏)問題。今回の武蔵野市の土地売却に関して、不動産価格を評価したのは1社のみということが主因だ。もし、複数社へ評価を依頼していれば、今回のような事態は防げたかもしれないが、現行制度では複数鑑定を義務付けしていない

また、議会の審議を経ることなく、土地の売却と購入が決まったのも、現行制度では問題がない。小美濃市議の市民集会での発言によれば、武蔵野市では5000平米以下の市有地は議案に登らないという。地方自治法96条と武蔵野市の「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得または処分に関する条例」では、5000平米以下の市有地の取得、または処分には議会の議決を必要としないと規定されている。今回、武蔵野市が不動産業者に売却した土地も、不動産業者から購入した土地も、5000平米以下。制度上は、議会に諮ることなく売却も購入もできるのだ。

土屋氏らが起こした訴訟の原告団の一人、五宿不動産(東京都武蔵野市)の山本徹社長が「吉祥寺駅前の超一等地で、市民の足でもある駐輪場という土地の性格上、議会で承認を取るのが筋だった」と指摘するように道義上の問題はあるだろう。しかし、少なくとも現行制度で直ちに止めることが難しかったのもまた事実だ。

一方、武蔵野市は住民訴訟の第1回口頭弁論で、住民側の請求棄却を主張。価格を決定した経緯についても「財産価格審議会に諮問し、答申を得ており、不当に低く評価された事実はなく、市に損害は与えていない」と全面的に争う構えを示した。鑑定士の選任についても「武蔵野市や近隣市の公示価格等の調査業務を行なっており、実績や経験が豊富であるため選任した」としている。

問われる「トップの説明責任」

実は、今回のような問題は武蔵野市だけに起きている特有の問題ではない。2018年11月、広島県大竹市の大願寺の公有地の土地価格に関して、売却価格が安すぎたとして、住民が市長に損害賠償を求めた最高裁判決が下った。

一審の広島地裁の判決では、原告の訴えは退けられ、原告側が判決を不服として控訴。二審の広島高裁の判決では、大竹市に対して、約1億5000万円の支払いを市長に求めるよう命じる判決を言い渡した。その後、最高裁では広島高裁の判決を棄却し、大竹市側の勝訴が確定したものの、地元紙・中国新聞は当時「行政トップの説明責任の重さを改めて浮き上がらせた」と厳しく指摘した(18年11月7日)。

今回の武蔵野市の土地売却問題がどのように進んでいくかはまだ不透明だが、少なくとも、混乱のもととなっている、制度上の欠陥はこの機会に見直されるべきではないだろうか。