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 アメリカの電気自動車メーカー・テスラは2017年に、センセーショナルなバッテリー電気式(BEV)大型トラック「セミ」を発表している。当時セミは、2019年のデリバリー開始とされたが、何度も延期され、この度3年遅れでようやく納車された。

 発表当初、500マイル(約800km)の航続距離など革新的な内容に、実現性を懸念する声も多かったセミだが、5年が経った現在では状況が大きく変わった。テスラのライバルとされるニコラは既にBEV大型トラックを量産化し、長距離輸送でより有利とされる燃料電池トラックの商用化も控える。

 北米や欧州では新興メーカーのほかに、ダイムラー・グループやボルボといった大手トラックメーカーも市場に参入した。セミの相次ぐ延期によりBEVトラック分野でテスラはもはやパイオニアではなく、ライバルメーカーの後を追う立場となっている。

 ようやく走り始めたセミは3年に及ぶ遅れを挽回し、再びリードを取り戻すことができるのだろうか?

文/トラックマガジン「フルロード」編集部、写真/Tesla, Inc.


大きく変わった駆動方式

3年遅れでついに納車! テスラは大型電気トラックの遅れを取り戻せるのか!? テスラ・セミのデリバリーイベントより【後編】
2軸の駆動軸に対して3基のモーターを備えるトライモーターシステム(ユーチューブのテスラ公式チャンネルより)

 テスラは2022年12月1日にバッテリー電気式(BEV)大型セミトラクタ「セミ」の納車を記念するデリバリーイベントをネバダ州のギガ・ファクトリー(ギガ・ネバダ)で開催した。

 前編ではセミ発表当初から変わったこと・変わらなかったことを大雑把にお伝えしたが、中でも大きく変わったのが駆動方式だ。

 セミはコンベンショナルなトラックで言えば6×4駆動(後ろの2軸が駆動軸)にあたり、アメリカのセミトラクタでは最も一般的なもの。これは当初から変わっていない。しかし発表当初のセミはモーターをディファレンシャルの前に配置するとのことだったので、いわゆるセントラルドライブ方式に相当する。

 これがプロトタイプでは2つの駆動軸に対して4つのモーターを配置する電動アクスル方式に変更された。この方式のメリットはシャシーレイアウトの自由度が上がることや、それぞれのモーターを独立して制御可能なこと(トレーラ連結時のソフトウェアによる車両安定性制御が容易になる)だ。

 いっぽう今回のイベントではモーターについて「トライ・モーター・システム」と紹介された。トライモーター(モーター×3基)はテスラ乗用車でも用いられている方式で、モーター自体は市販車で最高の加速性能を誇るテスラ・モデルS Plaid(プラッド)と共通するようだ。

 なお、モデルS Plaidのモーターは1基当たり400hpを発揮し、3基によるシステム合計出力は1020hpだ。全く同じとは限らないが、セミのドライブトレーンも似たようなスペックになるだろう。

高効率と高トルクを両立

 セミでは、3基のモーターのうち1基が高速走行用の高効率ドライブユニット(ハイウェイモーター)、残りの2基が高トルクをもたらす加速ドライブユニット(アクセラレーションモーター)となる。

 このうち、常に接続されているのはハイウェイモーターで、高速道路などの走行中は他のモーター(加速ユニット)をアクスルから切り離すことで電費効率に優れた走行を可能とする。つまり2軸の駆動軸のうち1軸がフリースピンとなるので、高速の定速走行では6×2駆動となる仕組みだ。

 加速時などトルクが必要なときは加速用のモーターが接続され、急な上り坂でも速度低下が無いばかりか加速まで可能だという。

 加速や登坂時のこうした制御は、ドライバーがアクセルを踏むことで自動で行なわれる。2基のアクセラレーションモーターはクラッチ装置で断接されるが、接続はシームレスに行われ、ドライバーによる手動操作は不要だ。

 ディーゼル車ではトルクアップの仕組みとして今やターボチャージャーが不可欠となっているが、エンジンが低回転の状態から充分な過給圧が得られるまでレスポンスが悪化する「ターボラグ」が避けられない。必要な時に加速用モーターを接続する仕組みによりそうしたラグを回避したのは、ディーゼル車に対する利点といえる。

 減速時や下り坂では回生ブレーキが働く。もちろんサービスブレーキとしてディスクブレーキも搭載しているので、協調ブレーキ制御になっているはずだ。積極的な回生はバッテリー残量の回復のほか、ブレーキパッド/シューの摩耗を抑え、メンテナンスコストの低減にも寄与する。

 また、トライモーターを含めた駆動系はトラクションコントロールの上ではディーゼル車より有利で、ジャックナイフ現象やロールオーバー(横転)を抑制できる。通常のトラックにもトラクションコントロールはついているが、より安全なトラックになっているというのがマスク氏の説明だ。

 映像からフロントサスペンションは独立懸架だ。またトレーラとの連結時はエアサスが自動で車高調整するなど、ドライバーの仕事効率化についても訴求している。

テストランで500マイルを走行

3年遅れでついに納車! テスラは大型電気トラックの遅れを取り戻せるのか!? テスラ・セミのデリバリーイベントより【後編】
テストラン中のバッテリー残量(青)と標高(グレー)。アップダウンがあってもバッテリー残量は全体として直線的で、効率的なエネルギー回生を行なっていることがわかる

 充電は1メガワットクラスのDC(直流)急速充電に対応する。これはテスラの独自設計となる充電規格「スーパーチャージャー・V4」によるもので、同・V3と比較して3倍近い電流密度を実現した。

 V4充電システムは、高電圧ケーブルの内部にある高電圧送電線(コンダクタ)が、冷却水配管に内蔵する形になっており、こうした積極的な冷却によりメガワット充電に対応する。V3も冷却は行なっているが、冷却パイプとコンダクタは別々の状態で高電圧ケーブルに収められている。

 スーパーチャージャーV4は間もなく(2023年?)登場するとみられる。なおマスク氏はイベントでセミのほかに「サイバートラック」もV4に対応すると明言した。

 また、500マイルという航続距離がただのカタログスペックではないことを示すために、実車によるテストランを行ない、その様子を時間以外はほぼ無編集の動画として公開した。

 テストランは11月25日に行なわれたもので、GCW82000ポンドのフルロードで、カリフォルニア州フリーモントから同州サンディエゴまでの500マイル強(地図上では830km)を、同一ドライバーにより途中充電なしで走り切っている。

 この走行による充電率(SOC)の変化は97%→4%で、500マイルの走行にバッテリー容量の93%を使っていることが分かる。

 コースの前半はベイエリアのほぼ平坦な道だが、後半はサンホアキン・バレー南部の山岳路を通り、途中のグレープバイン付近で標高4136ft(1260メートル)の峠を越えている。この付近は6%勾配の急坂が10km近く続き、トラックのブレーキ故障が多いことで悪名高い。

 セミによるテストランでは上り坂で急激にSOCが低下するものの、峠を越えると(=下り坂で)回復に転じていることが伺える。これは回生ブレーキによるもので、下りではかなり積極的にエネルギー回生を行なっているようだ。このためSOCは部分的に増減を繰り返しながら全体としては走行距離に応じてリニアな直線を描いている。

 また、マスク氏は加速モーターによって急な上り勾配でも速度低下がないことや、下り勾配ではサービスブレーキの過熱による故障を防げることなどもディーゼル車に対する利点に挙げた。

競争が激化するゼロ・エミッション大型トラック

 バッテリーの搭載位置は不明だ。テスラは以前、バッテリーをフレームに内蔵する(バッテリーセルを構造材として使用する)構想に言及したことがあるが、イベントの映像からはキャブ下に補機類とインバータもしくは高電圧バッテリーの一部が搭載されているように見える。

 テスラはセミの電費(走行距離当たりの消費電力)として2kWh/マイルを掲げている。航続距離を500マイルとすると、計算上のバッテリー容量は1000kWhとなり、こちらもメガワットクラスだ。

 スーパーチャージャーV4によるメガワット充電が利用可能であれば、トラックドライバーに義務付けられている30分の休憩時間でバッテリーは50%(ポイント)回復する計算だ(SOC20%→70%が30分というスペックと一致)。

 インフラの整備状況次第だが、V4チャージャーが使えるなら商用車として現実的な選択肢に仕上がっているという印象を受ける。

 ただし、最初の納車を済ませたとはいえ、量産化はまだこれからだ(おそらく2024年以降?)。

 しかし周囲に目を向けると、テスラのライバルとされるニコラは(イヴェコとの提携により)BEV大型トラック「トレBEV」を既に量産化し、北米に加えて欧州でも事業を開始している。

 トレBEVは航続距離が330マイル、バッテリー容量733kWh、80%充電に160分など、スペックではセミに軍配が上がるが、2023年には水素燃料電池を採用する「トレFCEV」の発売を予告しており、その航続距離は500マイル、充填時間は20分未満と、セミと同等以上だ。

 セミが順調に量産化されたとしても、そのころにはBEVだけでなく、長距離輸送においてはより有利とされる燃料電池車両(FCEV)との競争が待っているだろう。

 新興メーカーとの競争だけでなく、フレイトライナー(ダイムラーグループ)やボルボなど伝統のトラックメーカーも北米市場に大型車を含む電動化オプションを用意している。また1000kWhクラスの大容量バッテリーについてもボルボの子会社が欧州で既に実用化した。

 5年前の発表時は「革新的過ぎる」という印象のセミだったが、今となってはそれほど目新しさがない。この5年間の社会の変化と3年に及ぶ延期はそれだけ大きかった。

 デリバリーイベントでマスク氏は6%の上りでも加速可能なトルクやソフトウェアによる車両安定性制御、ブレーキの安全性、トレーラ連結(カップリング)時のドライバーのアシストなどを強調していた。これは、アメリカでも深刻化するドライバー不足を念頭に、その魅力をトラックドライバーにアピールしたものだろう。

 また、テスラはバッテリーセルまで内製しており、インハウス(社内)でコンポーネントからソフトウェアまで統合的な開発ができることが他社にない強みとなっている。

 商用車にとって最も大切なのは、効率と経済性において魅力的であることだ。テスラ・セミの真価はトラックドライバーによる実運用を通じて、これから明らかになる。

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