モータースポーツだけでなく、クルマの最新技術から環境問題までワールドワイドに取材を重ねる自動車ジャーナリスト、大谷達也氏。本コラムでは、さまざまな現場をその目で見てきたからこそ語れる大谷氏の本音トークで、国内外のモータースポーツ界の課題を浮き彫りにしていきます。今回は、同じフォルクスワーゲン·グループに属しながらともにF1への参戦を画策するアウディとポルシェ、両者の関係と立場をその歴史から掘り下げてお伝えします。
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「2026年からポルシェとアウディがF1に参戦する」
2022年半ばまで囁かれていたこの噂は、多少なりとも自動車業界の仕組みを知っている者にとって、なんとも奇妙な響きを含んでいた。その後、9月9日にポルシェが「レッドブルとの破談」を発表した結果、現在も進行中のプログラムはアウディのみとなったが、いずれにせよ、フォルクスワーゲン・グループの一員である両社が同時期に、それも巨額の投資が必要なF1グランプリへの参戦を画策するという状況は、自動車産業界の常識からすれば「常軌を逸した事態」といえる。
ポルシェとアウディが同時期に同一カテゴリーに参戦する状況は、2015年から2017年までのWECならびにル・マン24時間でも起きていた。どうしてこうした事態が繰り返されようとしていたのか。その背景を、ここで解説しよう。
ポルシェとアウディにフォルクスワーゲンを加えた3社の間には、長く、そして複雑な関わりが存在してきた。
そもそもフォルクスワーゲンの始祖である“タイプ1(別名ビートル)”を設計したのが、フェルディナント・ポルシェであることはよく知られているとおり。現在のポルシェに通ずる自動車メーカーを興したのは、フェルディナントの息子であるフェリーだが、こうしてポルシェとフォルクスワーゲンの間には分かちがたい関係が生まれていったのだ。
この関係を決定的にしたのは、2002年に誕生したポルシェ初のSUV、カイエンだった。ポルシェはカイエンの開発に際し、当初メルセデス・ベンツの協力を仰ぐつもりだったが、両社の思惑の違いから交渉は決裂。代わってパートナーに選ばれたのがフォルクスワーゲンだった。
フォルクスワーゲンとの協力関係から生まれたカイエンは、やがてポルシェ全体の30%を越す販売比率に達したことから、同社はフォルクスワーゲンとの関係強化と経営安定化を目的として株式の大量購入を決意。
2005年9月に「議決権を持つフォルクスワーゲン株式の約20%」を目標にして、株式の買収が始まった。この比率は、2021年末日の段階で53.3%まで上昇。こうして、企業規模としては小さなポルシェが、“巨人”フォルクスワーゲンに対して強大な発言権を持つことになったのだ。
いっぽう、第二次世界大戦後に自動車メーカーとして誕生したフォルクスワーゲンやポルシェと異なり、現在のアウディの前身にあたるホルヒや(旧)アウディといった自動車メーカーは19世紀終盤に設立されると、1930年代にはドイツ政府の意向によりアウトウニオンとして統合される。
このとき関わった自動車メーカーが4社(ホルヒ、アウディ、DKW、ヴァンダラー)だったことから、現在のアウディのトレードマークである「4つの輪(フォーリングス)」は誕生した。
戦後ここにNSUが加わったが、ドイツ国内の厳しい経済環境もあって経営は安定しなかった。このため、一時はメルセデス・ベンツが親会社になるとの計画もあったものの、最終的にフォルクスワーゲンがアウディに救いの手を差し伸べる形となり、1964年にはフォルクスワーゲンがアウディ株の50.3%を買収。残る株式もほどなく買収されてアウディはフォルクスワーゲンの完全子会社となったのである。
さらに事態を複雑にしているのがフォルクスワーゲンによるポルシェの買収で、リーマンショックなどの影響に2009年に巨額の負債を背負ったポルシェの株式をフォルクスワーゲンが段階的に購入。2012年7月には全株式の取得を終え、名実ともにポルシェはフォルクスワーゲン・グループの一員となった。
ここまでの内容を整理すると、アウディもポルシェもフォルクスワーゲンの完全子会社であることは間違いないが、ポルシェ(正確にいうとポルシェのホールディングカンパニーであるポルシェSE)はフォルクスワーゲン株の53.3%を所有している。この関係が、フォルクスワーゲン・グループの一員であるポルシェに、親会社であるはずのフォルクスワーゲンに対する一定の発言権と独立性を担保する根拠になっているのだ。
アウディがすでに参戦していたWECに、ポルシェが参戦したのは、このためといっていい。そして同じことが2026年以降のF1グランプリでも起きようとしていたのだが、こちらはレッドブルとの決裂により事実上の棚上げに近い状況となっている。
レッドブルとポルシェの間になにがあったかについては、別項で改めてご紹介したい。