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軽トラ界の「仁義なき戦い」!? 「農道のポルシェ」vs.「農道のフェラーリ」の今昔物語

 貨物運搬用の軽トラックとスポーツカーというと、両極端なイメージを抱いて当然だろう。だが、実際に軽トラを運転した経験があれば、その印象は少々異なるかもしれない。

 重量物を積載しても破綻しない低速域からパワフルなエンジンとショートホイールベースのキビキビとした操縦性。防音のための内張りが薄く、部分的には鉄板が露出しているため、社内へダイレクトに伝わる吸排気音。レブリミットいっぱいまで使い切って走る操作感は、想像以上にスポーティだったりする。その代表格とも言えるのが農道の最強伝説に謳われる2台の軽トラックだ。

文/藤井順一、写真/スズキ、スバル、ダイハツ、ホンダ

「農道のポルシェ」サンバー

軽トラ界の「仁義なき戦い」!? 「農道のポルシェ」vs.「農道のフェラーリ」の今昔物語
スバル生産としては最終モデルとなった6代目サンバーは、2012年に生産を終了した

 「農道のポルシェ」の異名を持つスバル「サンバー」は、1961年の発売から半世紀に渡って生産された軽四輪トラックだ。現在でもダイハツ「ハイゼット」のOEMによりモデル自体は存続しているものの、その愛称はスバル生産時代の6代目までを指す。

 引っ越しや配送事業の「赤帽」が使用するクルマと言えばイメージできる人も多いだろう。赤帽には配達業務に従事する組合員が購入できる、組合員のさまざまな要望を受けた専売モデルのサンバーが存在しているのだが、スバル生産時代の赤帽サンバーは組合員からの評価が非常に高く、2012年のスバル製サンバーの生産終了のアナウンスがされた際には、最終生産モデルを求めて多くの組合員が買いに走ったとも言われる。

 元々、軽トラックはその特殊性から中古車市場でも値崩れしにくい傾向があるものの、スバル製サンバーの最終型に設定されたスーパーチャージャー付きモデルには、現在プレミアム付きの値段で取引されるものまである。

 個人から事業者までさまざまなオーナーから愛されたサンバーはなぜ、「農道のポルシェ」なる異名を持ったのか。その最大の理由はサンバーの構造にある。

 一般に軽トラックは、運転席のシート下などにエンジンを配置し、後輪を駆動するフロントエンジン・リア駆動のFRレイアウトを採用している。だが、サンバーは1961年に発売された初代サンバートラックが名車「スバル360」をベースに開発されたことから、リアの床下にエンジンを配置したリア駆動のRRレイアウトを伝統として継承。さらにサスペンションもスポーツカー同様の四輪独立懸架方式にこだわって採用していた。つまり、ポルシェ「911」と同様のコンポーネントを持っていたのだ。

 部品数が増え、構造が複雑化することでコスト増にも繋がる4輪独立式のサスペンションをあえて採用したのは、バネ下重量を軽減し、路面への追従性を向上させるため。これにより、ぬかるみのような悪路でも高い走破性と優れた乗り心地を実現させた。こうしたこだわりが軽トラユーザーから評判を呼び、いつしか自動車好きから「農道のポルシェ」なる称号を与えられたのだ。

「農道のフェラーリ」アクティ

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2021年に生産を終了した「アクティトラック」の最終モデル。ショートホイールベース化で軽トラトップクラスの最小回転半径3.6mに並んだ

 スバル・サンバーに対して、そのライバルと言えるのが「農道のフェラーリ」と称されたホンダの「アクティ・トラック」だ。こちらはリアの車軸(リアアクスル)の前にエンジンを搭載し、リアを駆動するミドシップ(MR)レイアウトだったことから、同じMRを採用するイタリアンスポーツカーが愛称の由来となった。

 リアに重量物であるエンジンを搭載するモデルは、フロントエンジンの一般的な軽トラックに比べ、荷物を積載していない空車時においても重量バランスに優れ、トラクションが確保できる。フェラーリの異名は見た目などの表面的な意味ではなく、構造がもたらす性能に裏打ちされた賛辞と言うべきものなのである。

 初代アクティ・トラックの誕生は1977年にまで遡る。ライバルであるダイハツ、スズキとの競争に敗れ、2021年に惜しまれつつ生産を終了するまで、実に約44年ものモデルサイクルをまっとうし、オーナー達に愛されたモデルだった。

 そのルーツはホンダ初の4輪市販車であり、日本初のDOHCエンジン搭載車という誉れ高き軽トラック「T360」にある。アクティの開発当時、他社の軽トラックはシート下にエンジンを搭載していたため、荷台側にその分の膨らみができるのが常だった。ホンダはT360の後継モデルである軽トラック「TN360」で採用していた、荷台下へのエンジン搭載と後輪駆動によるミドシップレイアウトをアクティに踏襲して採用し、ライバル勢より平坦で広く、低い荷台を実現させた。これはF1参戦で培ったノウハウの賜物だったという。以来アクティは軽トラ唯一のミドシップ車となった。

 荷台の広さというトラックとしての実用性の追求から生まれたミドシップレイアウトにより、アクティ・トラックはライバル勢に比べ前後重量配分においても優れていた。特に1999~2009年の3代目モデルではほぼ50:50を実現。4WDモデルの設定も多い軽トラックにあって、2WDモデルであっても後輪にしっかり荷重がかかり、荷物を積載していない空車状態やぬかるんだ悪路でも高い走行性能を誇った。

 この他、エンジン自体にはライバル勢よりも高回転な特性があり、変速比もハイギヤード、荷台までフレーム一体のモノコック構造の採用など、各部にホンダらしいスポーツマインドが込められていたが、エンジンが運転席下にないため室内の静寂性にも優れていた。

 また、足回りは前輪をストラット方式とした他、後輪はスポーツカーや高級車などにもみられる高性能なサスペンション方式、「ド・ディオンアクスル」を採用することで、ロードホールディング性を確保。路面状況に対して柔軟に追従する足回りが、未舗装路でも積載物を傷つけず、いたわりながら運搬することができた。こうした点が農道の……と呼ばれる所以だろう。

メーカーの選択と集中、農業従事者の減少、惜しまれる撤退

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ハイゼットとともに軽トラ最後の生き残りスズキ「キャリイ」の現行モデル。初代の発売は1961年。居住性をアップした「スーパーキャリイ」も設定

 農道で駆け抜ける喜びを味わえる存在だったサンバーとアクティ。一見、見た目は同じでも、自動車メーカーそれぞれの思想が反映されたモデルが選べた軽トラック市場も、残念ながらこの10年程で様変わりしてしまった。

 現在でも軽トラックは、トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、スバル、三菱、ダイハツ、スズキの国内自動車メーカー全8車にラインナップされている。だが、そのうち自社で生産されているのは、販売台数1位のダイハツ「ハイゼット」と2位のスズキ「キャリイ」だけなのだ。

 スバル製サンバーが2012年に、2014年には三菱製の「ミニキャブ」が、2021年にはホンダ・アクティトラックが相次いで生産を終了。以降、現在購入できる軽トラックはダイハツとスズキ以外はすべてOEM供給車なのである。近年、好調の軽自動車市場にあって軽トラックの販売台数は年々減少の一途をたどっているのがその理由だ。

 軽トラックは販売価格が安く、薄利多売がビジネスモデルである他、日本独自の規格である軽自動車はグローバルモデルとのプラットフォームやパーツの共有化が困難だ。つまり、投資に見合うだけの利益を日本国内での販売のみであげていく必要に迫られる。

 加えて、軽トラックのコアユーザーだった農業従事者の減少が販売台数に与えた影響も小さくないだろう。農林水産省ホームページ掲載の「農林業センサス累年統計年齢別基幹的農業従事者数」によれば、1980年には約413万人だった農業従事者(※農業就業人口の内の自営農家の世帯員数)は、2020年に136万人まで減少。農作物や農業機械の運搬で大活躍し、「農道の…」と謳われた軽トラック需要も激減してしまった。

 販売利益が少なく、今後の市場拡大も見込めないなか、自動車メーカーが他の将来性のある分野に限られたリソースを回そうと考えるのも当然だろう。今や軽トラックは、メーカー各社の看板こそ違えど、その中味は自社生産を続けるダイハツとスズキのOEM車ばかりとなった。無論、この2社の踏ん張りにより現在も軽トラというカテゴリーは保たれているのだが。

 環境や時代性に合わず淘汰されるのは自然の節理ともいえるが、スバル製サンバーとホンダ・アクティは、生産終了がアナウンスされると、ディーラーには最終モデルを求めるユーザーが数多く訪れ、販売が終了した年の生産台数が対前年比で大幅に増加したという。

中古車市場ではプレミア化!?

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2018年、「T360」誕生55周年を記念した特別仕様車としてアクティトラックに設定された「スピリットカラースタイル」は農業機械とカラーコーディネートが可能

 現在、中古車市場でもサンバーとアクティは安定した人気を誇り、一部グレードに関しては、プレミア化するほどだ。例えば2012年6代目最終型のサンバー、4WDのスーパーチャージャー仕様で低走行のマニュアル車ならば、車両価格170万円前後まで高騰。

 アクティトラックも2021年の最終型はもちろん、「T360」発売55周年記念モデルとして発売された特別仕様「スピリットカラースタイル」も人気で、こちらも程度の良いものは車両本体180万円前後(※2023年1月20日中古車販売サイト調べ)。いずれも新車の販売価格を上回る価格で取引されている。ヴィンテージならともかく、平成時代のネオクラシック的な価値が認められるトラックなんて他にあるだろうか。

 軽トラックの多様性を示した2台が失われてしまったことは、あまりにも残念だ。アウトドアブームの影響もあり、ピックアップトラックやクロスカントリーのSUVが見直されている昨今だけに、アウトドアの切り口から遊びのクルマとして注目される、あるいはリモートワークにより都会から地方へ移り住む際の現地の足となる、など軽トラックの需要が再燃し、名門ブランドが復活! なんてことにはならないだろうか。

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