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毎日新聞
2022/12/29 22:40
https://mainichi.jp/articles/20221229/k00/00m/030/296000c
引用元: ・「テロを美化」 駐日イスラエル大使、重信房子氏に反論 [香味焙煎★]
年の瀬如何お過ごしですかぬるぽ?
2003年当時、アメリカ同時多発テロを起因とするアメリカの対イラク戦争の最中、毎日新聞写真部記者(当時)の五味宏基は現地入りして戦争取材を行った。五味は2月17日から3月10日まで戦争前のバグダッドを取材しており、4月9日にバグダッドが陥落したことを受けて取材に向かっていた[1]。
この道中で、五味はクラスター爆弾の不発弾を2個拾得した[2]。そして五味はこれを「記念品」として持ち帰ろうと考えた。2つのうち1つは行動を共にしていたヨルダン人の助手に渡し、もう1つを五味が持っていた(ただしヨルダン人助手が持っていたものには火薬は入っていなかった[3])。
5月1日、帰路のヨルダン・クイーンアリア国際空港の荷物検査所でこの不発弾が爆発。1名が死亡、5名が負傷する結果となった。
ヨルダン国家治安法廷は6月1日、五味に対して過失致死・過失致傷として禁固1年6カ月の有罪判決を下し、ヨルダン人の助手は無罪となった[4]。6月17日にはアブドラ国王の政治的配慮による特赦が行われ、日本に帰国。毎日新聞社からは懲戒解雇処分を受けた。
日本の新聞メディア史上、2003年のクラスター爆弾事件、2008年の英語版猥褻記事事件と並んで同社の著名な不祥事として歴史に残る事件である。
概要
1971年の日米沖縄返還協定に際しての密約について、毎日新聞の西山太吉記者が、外務省女性事務官に酒を飲ませた上で半ば強引に性的関係を結び、その関係を背景に外務省から機密文書を持ち出させたとして、国家公務員法違反(機密漏洩罪)で起訴された事件。西山は報道の自由などを根拠に無罪を主張したが、最高裁では性的関係(しかも酔わせて強引に結んだもの)を背景とした取材行為は正当な範囲を逸脱しているとされ、1978年に有罪が確定した。 (以上、最高裁判所判決の事実認定等より。)
毎日新聞社はこの事件により1972年4月には夕刊紙面上で謝罪文を掲載するなどしたが、国民的な非難は避けられず、販売部数が激減。1977年には倒産を経験している。(その後、保有していたTBS株の放出、新旧分離方式による現業部門と債権管理部門の分離と再合併を経て、聖教新聞の印刷受注などにより経営再建を行い事業を継続している。)
再び脚光を浴びる西山事件
2010年3月に民主党政権から上記密約の事実が公表され、毎日新聞は紙面上で盛んにこの密約への批判や、当時の西山による事実暴露の正当性を主張し始めている。
しかしながら、上記のとおり西山が「女性に酒を飲ませて強引に性交渉を結び、その関係を元に機密文書の盗み出しを強要した」という事実は最高裁にも認定されており、例え密約が事実であったとしても、この西山の行った行為が正当化されるわけではないとの批判の声もある。
また、強引に性的関係を結ばされ、盗み出しを強要された女性事務官は、既に他界しており、一方の当事者が反論できない状況下で過去の自社の行為を正当化することが、果たして社会正義の実現を標榜するメディアとして正しいのか、という批判も呈されているところである。
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