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 三菱ふそうの小型トラック「キャンター」は、日本やインドネシアのほか、EU加盟国の一つ・ポルトガルにあるトラマガル工場でも生産されています。ポルトガルの近現代史に関わる来歴をもつこの工場は、なぜか海からも高速道路からも遠く離れたところにあります。

文/トラックマガジン「フルロード」編集部、写真/「フルロード」編集部、三菱ふそうトラック・バス

はるかなるトラマガル

トラマガルへ向かう6kmの山道から眺めたアブランテスの町。手前に流れているのはテージョ川

 トラマガル工場は、ポルトガルの首都リスボンから北東へ約150km先にある小さな町・トラマガルにありますが、ひとことで言えば「なんでここで自動車をつくってるの?」と感じるロケーションです。

 トラマガルは、リスボンへ続く高速道路がある同国中部の都市、アブランテス市に隣接しているものの、同市とアクセスするには、6kmにわたる細いワインディングロード(実は国道118号線)を走るしかありませんが、リスボンとの陸路ではこの道が最速です。

 トラック輸送のアクセス路となっているのが、アブランテスの反対側から南西方向へ続いているほうの国道118号線で、こちら側はワインディングロード区間が800mくらいですが、例えばリスボンへ向かう場合、片側一車線の国道を延々40kmあるいは50kmほど走った先にあるインターから、高速道路を乗り継いで行くことになります。

 日本の自動車メーカーの完成車工場は、原材料や部品・コンポーネントを仕入れやすく、また完成したクルマを出荷しやすくするため、港が近いところや高速道路が近いところに立地しているものですが、そのどちらにも当てはまらないのがトラマガル工場なのです。

もとは軍用トラック組立工場だった

トラマガル工場は、正式には「三菱ふそうトラック・ヨーロッパ(MFTE)」という三菱ふそうの子会社である。CKD組立工場なので、富山の三菱ふそうバス製造よりも小規模である

 トラマガル工場はもともと、地場のとある鉄鋼会社(地方経済への貢献で名声を得ていた)が1964年に設立した軍用トラック製造部門が源流で、フランスの商用車メーカー・ベルリエ(後にルノー大型商用車部門に吸収されて現存しない)が開発した軍用トラックを、ポルトガル軍向けに生産していました。

 軍用といえども自動車なのですが、実はトラマガル周辺には、ポルトガル陸軍の施設が少なからず点在し、特に西隣の町は、町域の多くが陸軍の施設(戦車などを装備する機械化旅団の本拠と演習場がある)というほどで、ユーザーがすぐ近くにいる「好立地」だったわけです。

 そして当時のポルトガルは、アフリカ植民地戦争の当事者だったため、大量の軍用トラックを必要としていました。しかし、操業から10年後の1974年、戦争長期化で疲弊した国を憂いた軍の一部が決起(カーネーション革命)して、植民地戦争は突如終結し、受注していたトラマガル製ベルリエ車もキャンセルとなってしまいました。

民需車への転換と三菱自工との提携

トラマガル工場で生産中の欧州向けキャンター・ディーゼル車(中央)と現行型eキャンター(向かって左)、そして次世代eキャンター(同右)

 その結果、会社は経営不振に陥って分割されてしまいました。軍用トラック製造部門は、自動車製造会社として独立し、さまざまな企業から、民生用の小型4×4車や小・中型トラックの組立業務を請け負う状態が続きましたが、その数量は限られていました。

 転機が訪れたのは1980年です。当時の三菱自動車工業が、ポルトガル市場向け「キャンター」のコンプリート・ノックダウン(CKD)組立をトラマガル工場に委託しました。これは初年度から生産1000台を達成し、ついに民需転換と工場再興の糸口をつかんだのです。

 1996年、トラマガル工場は三菱自工の完全子会社となり、欧州市場向けキャンターの生産拠点として、その世界戦略に組み込まれることになりました。2003年には、三菱自工から分割された三菱ふそうがトラマガル工場を継承し、正式名称「三菱ふそうトラック・ヨーロッパ(MFTE)」として今日に至っています。

人口減少をデジタル化でカバー

シートを乗せてキャブ艤装ラインをゆくAGV。日本の工場では珍しくないAGVだが、人口減少に伴う人手不足対策とデジタル化の一環として、トラマガル工場では2020年に導入された

 トラマガル工場のCKD生産は、日本やEU域内、トルコなどから送られてくるパーツやコンポーネントを組み立てて、最終的にキャンターを完成させるもので、組立の手順などは川崎工場の組立ラインとほとんど同じです。

 そのため、トラマガル工場には日本からの生産担当スタッフも駐在しています。話をうかがうと「トラマガルで働いている人たちはみな勤勉です。生産効率や製造品質を改善するための現場からの提案活動は、日本でもやっていることなのですが、こちらではいろんなアイディアがどんどん出てきて、その熱意にとても驚きました」といいます。

 いっぽうで、ポルトガルでも人口減少が課題となっており、トラマガル工場では一人当たりの生産性を高めるため、無人化が可能な作業のデジタライゼーションを進め、人員は、人でなければできない工程へ、集中的に配置されています。

 実際、11年前に訪問した時と比べると、AGV(無人搬送車)とピッキングシステムが新たに導入され、生産計画に対応したラインサイドへの部品供給が、ほとんど自動化されていました。これは2020年に導入されたそうですが、そのAGVも単に買いっぱなしではなく、トラマガル工場内での物流に合うよう、自らさまざまなアイディアを試行して完成させたそうです。

23年から次世代eキャンターを生産

トラマガル工場一部の空撮近影。トラマガルは温暖で日照時間が長いことから、かつてはブドウ栽培が主産業だった。太陽光発電に向いた条件でもあり、工場建屋にも太陽光パネルが設置されている(写真:三菱ふそうトラック・バス)

 トラマガル工場では2023年から、小型EVトラック「eキャンター」次世代モデルの生産がスタートします。ここで生産されるeキャンターは、ディーゼル車と同様、欧州全域のほか、(欧州の自動車規格を導入している)オーストラリア、ニュージーランドなどへ供給される予定です。

 現行モデルはライン本流と別に組み立ててきましたが、次世代モデルは本格的な量産を計画しているため、シャシー組立ライン上に、高電圧バッテリーパックや電動アクスル(eアクスル)などの組付工程を追加し、構内物流も変更することになっています。

 もちろん、さきごろEU政府が決定した「2035年に内燃エンジン車の新車販売禁止」に対応する施策で、欧州市場向け実用キャブオーバー小型EVトラックの供給体制を、競合メーカーに先駆けて構築しようという考えです。

 工場自体も、温暖化ガス吸排出均衡(カーボンニュートラル)については2022年内に100%を達成し、ネットゼロ(温暖化ガスの排出自体がゼロ)の進捗率も目標の6割となるなど、三菱ふそうの国内外の生産拠点では、最も温暖化対策が進んでいるそうです。

 地元の軍にトラックを供給するための工場だったがゆえに、特異な立地にあるトラマガル工場は、その立地のまま、民生用トラックの生産拠点へとみごとに再生しました。そのため、地元ではたいへんな敬意を持たれているとのことです。これからは欧州トレンドの最先端をゆくトラック工場としても期待されそうです。

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