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 12月25日、スーパーGT GT300クラスに参戦するTEAM MACHは、2023年の参戦体制を発表した。新たに2016年のGT300チャンピオンである松井孝允が移籍加入し、チーム2年目となる冨林勇佑と組んで参戦することになった。車両はGT300マザーシャシーのMC86は変わらないが、車両は2021年にArnage MC86として走っていた個体に変更される。松井の加入、そして個体変更というファンにとっても大きな驚きとなった今回の体制決定には、さまざまなストーリーが絡み合ってのものとなった。TEAM MACHとしての体制詳細は別項に譲り、決定までの経緯をご紹介しておこう。

■「孝允を外す」大きな決断

 まず非常に大きなトピックスとも言えるのが、松井の移籍だ。松井はトヨタの育成プログラムから一度外れた後、講師であったHOPPY team TSUCHIYA監督である土屋武士に見出され、JAF-F4での一年の修行を経て2015年にGT300デビュー。2016年には土屋と組んでチャンピオンを獲得した。

 HOPPY team TSUCHIYA=つちやエンジニアリングのGT300再挑戦は、当初2014年からの三カ年計画でスタートし、2016年にチャンピオンという結果で結実したが、この挑戦の目的はチームで若き職人を育てること、そして松井をGT500でも戦えるドライバーへと育て上げることでもあった。

 GT500ドライブこそ実現してはいないが、松井はTOYOTA GAZOO Racingから海外レースに参戦するなど、着実に信頼を得るまでに成長した。加えて松井は、弟の宏太とともに、つちやエンジニアリング/サムライの社員でもある。土屋監督にとって家族のような存在である松井が移籍するというのだから、ただ事ではない。

 この松井の移籍については、実はすでにHOPPY team TSUCHIYAを支援する25PRIDEサポーターズ向けには公表されている。そこには「今の孝允にとって、こうすることがいちばん」であると土屋監督が自ら熟慮の末の決断に至った理由が記されている。

 2022年、HOPPY team TSUCHIYAはGRスープラのGT300規定車両をいちから製作。テスト時の大クラッシュなど、多くのトラブルに見舞われ、獲得できたポイントはわずか1点。シーズンを終え、土屋監督は「これが今の現実で我々の実力です。その結果、たくさんのものを失うことにもなりました。“若い職人を育てること”は大事なテーマですが、それも活動できるチームがあってこそ。今のままでは、そのチーム自体が消滅する可能性すら出てきています。プロの職人集団として、生き残るには今のままでは足りないと、そう判断しました」という。

 そのなかで、第7戦オートポリスの決勝、そして第8戦もてぎの予選でのパフォーマンスから、土屋監督が気づいたのが松井のパフォーマンス。「孝允のポテンシャルは疑う余地のないことですが、それを今、引き出せていない環境になっていると思いました。僕と孝允は家族同然の感覚。親の言うことはあまり耳に入らないですよね。どこか、厳しいプロのステージの中に、そういった甘えがでてきているような、そんな感覚を感じていました」と土屋監督は綴った。

「2016年チャンピオンを獲った時からいるチームのメンバーに孝允の相談をしたら、僕と同じような印象をもっていました。やはり、みんなの想いを乗せて走れるのはドライバーだけで、その期待に応えられなかったらそのステージから降りるべきというのがプロの世界。ここで僕は決断しました。これまでも(山下)健太、坪井(翔)、(佐藤)公哉、(野中)誠太と選んできた時も、チームのメンバーと話して決めてきました。このドライバーに想いを背負ってもらいたい。それに選ばれなければ、シートを失うのがプロの世界なんです」

 もちろん松井の発憤を促し、ともに戦う選択肢もあった。しかし「チームも同じ立場、崖っぷちなんです」とチームの活動のテーマに沿い、「みんなが成長するためには何が必要か、孝允の為には何が最適かを考えたときに、『厳しさを、痛みを持って刻んでもらう』ということがいちばんだと思いました」と松井を外す決断に至ったという。

 スーパーGT第8戦もてぎでは、決勝序盤の多重クラッシュに巻き込まれレースを終えたHOPPY Schatz GR Supraは、翌日のカーボンニュートラルフューエルテストには参加できなかったが、土屋監督と松井は一度もてぎを訪れ、その後帰路に就いた。

 その車中、土屋監督は松井に理由を説明し、「お前は来年乗せない」と告げた。

 当然、松井は大きな驚きをもってこの報せを受けたが、翌日「とにかくガムシャラにやります」と土屋監督に電話をかけた。「こっちも全力でサポートするから1年で這い上がってこい」と土屋は伝えた。

VivaC 86 MCの土屋武士(左)と松井孝允(右)
2016年スーパーGT第8戦もてぎ VivaC 86 MCの土屋武士(左)と松井孝允(右)
2022スーパーGT第8戦もてぎ HOPPY Schatz GR Supra
2022スーパーGT第8戦もてぎ HOPPY Schatz GR Supra

■来季へ暗雲が立ちこめていたTEAM MACH

 松井の意思を確認した後、すぐに土屋監督の頭によぎったのが、第8戦もてぎで大きなクラッシュを喫したマッハ車検 エアバスター MC86マッハ号のことだ。

 つちやエンジニアリングと同じ2015年に使用を開始したマザーシャシーのMC86は、追突されリヤエンドが大破。つちやでメカニックも務めた経験をもつTEAM MACHの佐田佳宣チーフメカは、ピットで「モノコックにもダメージがいっているし、もうダメだと思います」と、レースに参戦できる車両としての修復は不可能だと語っていた。

 実際に、レース後TEAM MACHはモノコックを製造した童夢で点検を受けたが、戻ってきた結論は「使用不能」というものだった。2015年から8年間使われてきたTEAM MACHのMC86での挑戦継続には、暗雲が立ちこめていた。

「レースですから仕方ないです」とTEAM MACHの玉中哲二監督は語っていたが、「我々はショールームを作ったので、来年が終わったら、そこに展示しようと思っていたんです」と残念な表情を浮かべていた。玉中監督にとっても、自らがドライブした最後のマシンで、思い出が多い。そして何より、2023年に向けて車両の選定をしなければならなかった。

「(2011年まで使用していた)ヴィーマックでも出しましょうか」と冗談めかしていたが、車両について悩んでいた玉中監督のもとに、土屋監督は衝動的に電話をかけた。MC86をお互い使っていたことから、佐田メカニックをはじめノウハウを共有していた間柄でもあった。土屋はこう提案した。

「もし孝允を来年ドライバーで使ってもらえたら、僕が持っているMC86を無償で貸し出します。いかがでしょうか?」

 玉中監督も驚きの提案だったが、結果的にこの提案が受け容れられることになった。ただし、内容は半分だけ。松井の起用という部分だけだ。つちやエンジニアリングのMC86は2016年のチャンピオンカーであり、「武士の最後のクルマを壊しちゃったりしたらって考えると心苦しいので、やっぱりクルマは借りない」と同様に愛するMC86を失ってしまった玉中監督は、車両の貸し出しを断った。しかし松井については「速いし壊さないし、使いたいドライバー」であると起用を決めたのだ。

 そして車両については、2022年にArnage Racingが走らせていたMC86をTEAM MACHが購入することになった。この個体は2020年にADVICS muta MC86として走っていたもので、インギングが所有していた。

 さらに玉中監督のもとには、クラッシュした“相手”であったaprの金曽裕人監督から連絡があった。シャシーコンストラクターでもあるaprは、現在使われている多くのGT300規定車両を生み出す力があるが、大破したMC86の修復支援の申し出があったのだ。レースには使えなくとも、車両を修復したい玉中監督の意向に応えたかたちだ。

 こうして、TEAM MACHの2023年参戦体制が決定した。例年チームの体制は開幕近くになって決まるが、玉中監督をして「戦友」というライバルチームの支援を得て、早々に体制が構築されていった。他のレースでもあることだが、スーパーGTではこうしてチーム同士の助け合いが存在する。

 さまざまな人たちの思いに松井、そしてTEAM MACH、HOPPY team TSUCHIYAがどう応えて結果を出していくか。2023年、ぜひ注目してご覧いただきたい。

2022 スーパーGT第8戦もてぎ クラッシュしたマッハ車検 エアバスター MC86マッハ号
2022 スーパーGT第8戦もてぎ クラッシュしたマッハ車検 エアバスター MC86マッハ号
2022スーパーGT富士公式テスト Arnage MC86
2022スーパーGT富士公式テスト Arnage MC86