カーボンニュートラル社会へといわれているなか、EV(電気自動車)とともに期待されるFCV(燃料電池車)では、どのような壁が存在するのか、解説していく。FCVの燃料である水素調達に希望あり?
文/高根英幸
写真/高根英幸(燃料電池バスSORA)、TOYOTA、Adobestock
■どうなる? FCV国内販売台数は、目標の普及台数の1割程度!?
FCV(燃料電池車)に続いて水素エンジン車も再登場し、水素社会がいよいよ身近なものとなりそうなムードが静かに湧き起こりつつある。しかし、完全な普及にはまだまだ程遠い。充分な補助金を手当してもFCVの国内販売台数は、国の目標であった普及台数の1割程度に留まっているのが現状だ。
しかし電気はそのまま溜めておくことは出来ず、蓄電池を大量に使ったとしてもそれらが劣化すれば、またエネルギーを消費してリサイクルしなければならない。だから電気を溜めておくために水素を利用することも必要な方法であり、水素のまま充填して走りながら電気を作るFCVも合理的な選択なのだ。
ただし水素社会を推進する企業や団体がPRする「水素は地球上に無尽蔵にあるクリーンエネルギー」というのはいささか誇大広告ではないだろうか。これは水素に無知な消費者に良いイメージを植え付けるための印象操作と取られてもしかたない。
水素は電気と同じく、そのまま利用できる形で自然界に存在することはほとんどないため、取り出すためにエネルギーが必要になる。これは石油などの化石燃料とは異なるもので、単に分離精製すればいい、というものではないのだ。
つまり水素を作り出すには、水素以上のエネルギーが必要、もしくは化石燃料由来ということになる。
■水素ステーションは増えているが設置の増加率は低い理由とは
それでも水素ステーションは、首都圏を中心に増やされつつある。交通量の多い国道などを走っていると、水素ステーションを見かける頻度が高くなった。
ちなみに2022年12月現在で全国の水素ステーションの数は164箇所であり、約1年半の間に20箇所ほど増えている。といっても常設ではなくトラックに積まれた移動式の充填設備を曜日によって場所を変えて利用しているものも多く、週に1度しか利用できないようなものも1軒と数えているので、実際はかなり利便性は低いところもあるようだ。
水素ステーションがなかなか増えないのは、安全対策などの規制が厳しく設備面でもガソリンスタンドの倍以上の費用が掛かることと、現実には利用者が少なく採算性が低いことなどが理由だ。
建設や運営にはかなりの補助金が受けられるが、運営は赤字が必至。来たる水素社会のための先行投資としてしか民間企業にはメリットがないのだから、増やそうと思ってもなかなか難しい。
水素を精製する企業にとっても、同じような状況だ。ちなみに水素でも、作り出す内容によって環境負荷が異なることから、区別されて呼ばれている。天然ガスなど化石燃料由来や製鉄所などで石炭を使用した熱によってできる副生水素は、CO2の発生が伴っていることからグレー水素と呼ばれている。
それでもCO2回収技術などを使い、大気への放出を抑えたものはブルー水素と呼ばれている。最も環境負荷の低い水素はグリーン水素と呼ばれるもので、再生可能エネルギーによる電力で水を電気分解して生成した水素を指す。
現時点で提供されている水素は天然ガスから分離されている時点で大量のCO2を発生させているグレー水素だ。生産時にCO2を回収できればブルー水素となり、植物工場やドライアイス製造などで利用することはできる。
産油国であればCO2を油田に注入して石油や天然ガスを採掘しやすくすると共にCO2を貯蔵することも行われている。したがってCO2の発生時点でNGということはないが、化石燃料を使用している時点で持続可能なエネルギーではないから近い将来、別の手段が必要だ。
そのうえで、なぜ水素社会が求められているかについても言及しておきたい。それはEVの世界もまた問題が山積みだからだ。全国に急速充電器の設置数が少なく、それは普及障害の一因と見られているが、そんなものはホンの一つの要素に過ぎない。
なぜなら現時点ではEVの電費は車載のバッテリーの蓄電量でどれだけの距離が走れるか、という効率を示しているが、急速充電では充電器の送電ロス、バッテリーの内部抵抗によるロス、温度上昇を抑える冷却の消費電力は計算に含まれていない。
今以上の高出力な急速充電器が普及するようになるということは、充電ケーブルの熱損失やバッテリーの冷却による損失なども膨大なものとなり、EVが消費する電力全体が大幅に増えることを意味する。
基本的にEVは普通充電で使用し、遠距離を走る際に経路充電(途中経路で充電して走行を続けるもの)の時に急速充電を利用する乗り物だ。日本のように集合住宅の比率が高い環境では、一家に1台の普通充電器を備え付けることは難しい。
機械式駐車場で、EVを載せたパレットを入れ替えることで充電の予約をこなすシステムも考案されているが、それだけでは不十分だし、こうしたシステム自体の普及もかなり時間がかかりそうだ。
その点、水素であれば液体燃料と同じように充填できるので、FCVは駐車場の状態を問わず利用できる。これは水素エンジンやバイオ燃料、合成燃料のクルマと同じで、FCVは水素利用の効率的なモビリティだ。
■FCVの問題点と水素ステーションの問題点
FCVは燃料電池スタックにより空気中の酸素と水素を反応させて電気を取り出す。この変換効率はは今はまだ6割程度と、EVが車両内部で行なっている電流の変換効率と比べればまだまだ低い。
水素ステーションがなかなか増えない以上、FCVは長い航続距離を確保しなければ実用性が乏しくなってしまう。しかし燃料電池スタックの効率アップやコストダウンも研究が進められている。トヨタMIRAIもモデルチェンジの度に燃料電池スタックは小型高効率化されていくだろう。
そうなってくれば、現在のタンク容量のままでも航続距離はさらに伸び、ボディサイズの小さいFCVも実用化される目処がつくようになる。そうなれば水素ステーションを利用するユーザーは増えて採算性は改善されて、水素ステーションの建設スピードも向上することになるだろう。
水素ステーションも拠点を増やすべく、経済産業省や水素関連企業は規制緩和を進めてきた。ここ3、4年で2割の建設コストを削減できたと言われている。
それでも外部から水素を補充するオフサイト式でもガソリンスタンドの建設費の2倍にはなるので、急にガソリンスタンドの代わりに建設ラッシュになるようなことはありえない。そもそも敷地もガソリンスタンドより広い必要がある。
けれども急速充電器すらなかなか増えない状況で、増えたとしても1台あたり30分は充電のために占領するとなれば、従来の使われ方で帰省や行楽時期の膨大なクルマを急速充電で全て支えることは無理だろう。だから、溜めておいた水素を充填するだけで済むFCVや水素エンジンにも必要性がある。
■水素生成の問題点に解決策はあるか
現在、天然ガスから取り出している水素は、化石燃料利用とCO2排出の2点で環境に良いとは言えないのは前述の通り。そこで現在、様々な方法で水素を調達する手段が研究されている。
最も現実的なのが、オーストラリアにある褐炭(燃料用には使えない低質な石炭)から水素を取り出し、それを水素運搬船で日本に輸入して利用しようというものだ。
マイナス253度まで冷却して液化水素とすることで体積を凝縮させ、魔法瓶のような保温構造で2週間維持しつつ日本まで運搬することに成功している。
まだ規模の小さな実験船とはいえ、大型船でも同じ構造なら通用することは証明されたのだ。
褐炭は他に利用価値の低いものなので、有効利用と言えなくもない。
しかし海外からの輸入となり、さらに地球の資源を使い捨てにする、ということでは理想的とは言い難い。周囲を海に囲まれた日本としては、自給自足のエネルギーとして水素を利用するのが理想だ。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる発電で水を電気分解して水素を取り出すのは、理想ではある。しかし電力自体を再生可能エネルギーで賄おうまかなおうとしている将来に、燃料まで生み出す余力が生じるのは、多分ずっと後のことだ。別の方法で水素を確保しなければならない時代は当分続くだろう。
下水の浄化設備で発生するメタンガスから水素を取り出す、ということも実証実験ではすでに進められている。これは下水処理場で微細藻類を培養してバイオ燃料を作り出そうとするプロジェクトと被る部分があるので、どちらも普及すれば下水処理施設利用のエネルギーの取り合いになる可能性もある。
どちらにせよ下水処理施設で作り出すエネルギーで現在のガソリン消費分は賄える計算だから、家庭消費のガスも含めて、下水処理場は今後注目のエネルギーエリアに成長しそうだ。
これからの10年ほどで、エネルギー利用の環境や構成比率は大きく変わっていく。我々は時代の大きな転換期に居て、今までに作られたクルマ、EVやPHV、FCVまで様々なクルマから選んで、移動を楽しめる環境にある。未来に夢を膨らませながら、非常に恵まれた時代を悔いなく楽しもうではないか。
【画像ギャラリー】トヨタの水素社会へ向けての挑戦! AE86 H2コンセプトと現行型MIRAIをギャラリーで見る(11枚)画像ギャラリー
投稿 FCVの普及への壁は高い!! 水素の調達にどう動くべきなのか? は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。