スーパーGT GT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2022年シーズンの第6回はLMcorsaの『Syntium LMcorsa GR Supra GT』が登場。この2022年シーズン開幕前には“フロントカウル刷新”という変貌を遂げたGT300規定のトヨタGRスープラについて、チーフエンジニアの小藤純一氏に話を聞いた。
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2020年シーズン、埼玉トヨペットGreen Braveにより、スーパーGT GT300クラスにデビューしたJAF-GT規定(2021年からGTA-GT300規定に改名)のGR Supra GT。デビュー戦の第1戦富士で早々に勝利し、最終戦の富士でも優勝。2021年シーズンには、Max RacingとLMcorsaもGR Supra GTへとマシンをスイッチし、Max Racingのたかのこの湯 GR Supra GT(2022年の車名はHACHI-ICHI GR Supra GT)が第3戦鈴鹿、Syntium LMcorsa GR Supra GTが富士スピードウェイで行われた第2戦と第8戦を制した。
その車両開発には、独自のレーシングカーを長年作り続けてきたaprも協力。ボディは4分の1スケールの風洞にかけてデザインし、その後はボディ上面をより高い精度で計測できる実車風洞テストも行っている。作り込みの“本気度”からも、デビュー2年で成し遂げたリザルトからも、パフォーマンスの高さを窺い知れる。
GTA-GT300規定車両の醍醐味は、チームによる開発が認められていることだ。もちろん、レギュレーションに準じた範囲内ではあるが、シーズン中にもアップデートを繰り返し、「毎戦どこかが違う」というチームもある。その進化のキモとなる部分を、GTA-GT300規定車両を使うチームは「エアロと足まわり」だと口をそろえる。GRスープラGTの“初号機”である埼玉トヨペットGB GR Supra GTも妥協なく進化を続ける。2022年シーズンに向けては、サイドステップを中心としたモディファイを施してきた。ただ、ボディカウルは初年度のデザインが基調であり、それは「素の良さ」の証左と言える。
対してLMcorsaが走らせるSyntium LMcorsa GR Supra GTは2年目を迎える2022年シーズンに向け、フロントカウルの刷新という大胆な変貌を遂げた。その理由を「市販モデルの“顔”に近づけるため」と小藤エンジニアは言う。
LMcorsaの母体は大阪トヨペット(OTG)であり、ディーラーチームがモータースポーツ活動を「市販車の販売につなげるプロモーションのひとつ」と考えるのは至極まっとうなことだ。市販モデルのGRスープラはノーズの左右から柱が下へと伸び、3分割されたバンパー開口部がフロントマスクの象徴となっている。だが、埼玉トヨペットGB GR Supra GTを祖とするオリジナルには、その柱がない。
つまり、見た目最優先の刷新である。とはいえ、レーシングカーとしては空力面も重要で、CFD(数値流体力学)によるシミュレーション解析を駆使。「デザインの方向性という大きな枠が最初に決まり、そのなかで性能は現状維持が最低ライン、あわよくば少しくらい上げたい」というのがデザインコンセプトだったそうだ。
そこでこだわったのがフロントのフェンダーラインである。前方へ張り出したデザインはドラッグの低減を狙ったもので、プロトタイプカーのフェンダー前方が切り立っているのと同じ思想だ。後方のエグリが入った処理とフィン形状は、「ここだけでも20パターンくらい試しました」と言う。
フロントフェンダーは前方も後方も、SUBARU BRZ R&D SPORTのそれに似ている。後方の下側、インナーフェンダーへと絞り込んだデザインは、2022年シーズンにデビューしたapr製作のGR86 GTでも採り入れているデザインだ。ちなみに、SUBARU BRZ R&D SPORTとSyntium LMcorsa GR Supra GTはCFDのみで造形しており、GR86 GTはCFDでベースラインを設計して4分の1スケールの風洞にかけながら細部の造形を詰めていった。
「後方下側の絞り込みは、これまではあまりなかった手法だったので革新的だと思っていましたけど、GR86 GTが発表されたとき、『俺のパソコン、ハッキングされた!?』と、少し笑ってしまいました。結局、CFDでも風洞でも、L/D(エルバイディー/揚力と抗力の比率)を追い求めていくと同じような形状になるんだと思います」
■「本来はフロントのダウンフォースが欲しかった」が、まさかの逆効果となったフロントカウル刷新
CFDによるSyntium LMcorsa GR Supra GTのL/D値はオリジナルよりも上がったそうだ。だが、実際に走らせてみると「期待していたのとは、少し違うデータになってしまいました」と小藤エンジニア。
「本来の狙いとしてはフロントのダウンフォースが欲しかったです。リヤはウイングの角度などで調整ができますけど、フロントは造形ですべて決まってしまいます。ですので、フロント(のダウンフォース)をマックスにしておきたいというところでいろいろと行い、(CFD上では)結構いいデータが取れました。ですが、実際に走らせてみるとフロント(のダウンフォース)が上がる以上にリヤの効率が良くなってしまいました」
前後のエアロバランスはシーソーのような関係だ。フロントを上げればリヤが下がり、リヤを上げればフロントが下がる。そして走行風を最初に受けるフロントは、その部分を起点に風の流れを変えることでクルマ全体の空力に大きな影響を与える。実車風洞テストも行ったオリジナルのGR Super GTは、前後のエアロバランスが優れていたということだ。
フロントカウル、さらにフロントのアンダーパネルも刷新した2022年仕様のSyntium LMcorsa GR Supra GTは、そのエアロバランスがリヤ寄りになってしまった。当初の予定はフロントのダウンフォースを増やしオーバーステア傾向になることを狙ったが、その思惑とは逆にリヤのグリップが増し、アンダーステアが強くなってしまったのだ。
「前後バランスを取るのに最初の2戦くらいはだいぶ苦労しました」という。Syntium LMcorsa GR Supra GTは、第3戦鈴鹿で今季初入賞(9位)、第4戦富士では予選でもシングルグリッド(7番手)を得て、表彰台まであと一歩の4位、その後も第5戦と第6戦で入賞を続け、第6戦SUGOでは予選2番手も獲得している。
また、フロントカウル刷新は良い副作用も生み出した。リヤの空力効率が上がったことで、ウイング角度を寝かせられるようになったのだ。実際、第2戦と第4戦富士、予選Q1の最高速は、GR Supra GT勢でいずれもトップだった。
なお、フロントカウルの刷新を可能にした理由も記しておきたい。それは、OTGではフロントバンパーのような大きなパーツもドライカーボンで成形できるオートクレーブを自社完備していること。フロントカウルという大物の刷新は当然コストがかかるが、OTGではコストをそれほど気にすることなく製作できるのだ。チームのメカニックたちは、端材を使ってカーボンコンポジットの成形を日頃から練習しており、自社完備で時間もかけられるため高精度で仕上げられたというわけだ。
■オフシーズンにはフロント足まわりのジオメトリーを独自設計に変更
GTA-GT300規定車両にとって、もうひとつの、“最大”のキモとなるのが足まわり。外からは見ることができない部分であり、どのチームにおいても「見せたくない、教えたくない」ポイントであるが、Syntium LMcorsa GR Supra GTのポイントは「具体的には言えないけど、ジオメトリー系」と小藤エンジニアが明かしてくれた。
ジオメトリーは、アームのピックアップポイントを設定されているネジ穴の位置で若干調整することはできるが、大幅な変更にはアップライトごと設計し直す必要があるなど、簡単にできることではない。
「リヤはオプション設定でジオメトリー変更の部品があります」とのことで、2021年の途中から手を加えていたという。そして2021〜2022年のオフシーズン、フロント足まわりのジオメトリーを独自に設計し直した。
「ですが、ものすごくクルマが変わるほどの変化ではないですし、現状で満足しているわけでもないです」
テストの回数に制約がある現在、ジオメトリーの変更は至難の業だ。レースウイーク中の走行時間も短く、そこではセッティング作業に費やすためジオメトリーの変更を試すことはできない。タイヤメーカー、同一メーカーであってもスペックの違いなどでマシン特性が異なれば、ジオメトリーの最適解も変わってくる。
「まだ探っている途中ですし、この先も満足することはないでしょうね」
GTA-GT300規定車両にとって、ジオメトリーを含めた足まわりは永遠の課題であり、進化が留まることはない。そして、“エンジニア選手権”とも言うべく、もうひとつの戦いが繰り広げられている。