2022年シーズンも各カテゴリーで熱戦が繰り広げられたモータースポーツ界。現在は2023年シーズンへ向けた束の間の“充電期間”に突入しているわけですが、当企画ではオートスポーツwebの各カテゴリー担当編集が、2022年の戦いを『ベスト3』という切り口で振り返ります。
ここではWEC世界耐久選手権を担当する編集部Nが、『ドライバー・ベスト3』をセレクトします。
●平川亮:見事な最高峰一年目を過ごす
一番に挙げたいのは、最高峰クラス参戦初年度にしてル・マン制覇、そして世界タイトル奪取を成し遂げた平川亮選手(TOYOTA GAZOO Racing/8号車GR010ハイブリッド)です。
2017年にもLMP1搭乗のチャンスがあった平川選手ですが、その時は『オーディション落ち』。2022年のレースドライバー抜擢は、彼にとって雪辱を果たすものであったと同時に、大きなプレッシャーでもありました。
開幕戦セブリングでは2位を得たものの、第2戦の決勝では自身がドライブする前にトラブルからリタイアを喫してしまい、レース経験が圧倒的に少ない状態で大一番のル・マンへと臨まなければなりませんでした。加えて、複雑なシステムを持つGR010ハイブリッドへの“慣れ”も完璧ではなく、この時点で相当なプレッシャーがあったといいます。
しかしそのル・マン・ウイークにマシンへの習熟が進んだこももあり、大舞台にも関わらずミスもなく優勝に貢献。どんなときも平然とした顔で戦う平川選手ですが、中嶋一貴TGR-E副会長いわくル・マンでは「妙にテンションが高かったり、普段見ない姿」であったそうで、やはり特別な思いはあったのだと思います。
チームメイトでベテランの域に達しつつあるホセ・マリア・ロペス選手(7号車)が開幕戦セブリングで大クラッシュする場面があったことなどを考えても、“ルーキー”平川選手の特筆すべき点は、年間を通して大きなミスや破綻がなかった、ということに尽きると思います。
ル・マンの後も、優勝した富士、タイトルを決めたバーレーンと、平川選手がドライブしている際に、国際映像に抜かれることは少なかったと思います。しかしそれこそが、ミスなく、安定した運転をしているという証ではないでしょうか。
また“情報屋”と言えるほど周囲に対してアンテナを張り巡らせていたこと、そしてホームコースと言える富士では陣営を引っ張る存在であったことを周囲のドライバーが証言するなど、初年度ながらチームにとって“不可欠な1ピース”となった平川選手。既報のとおり2023年からは拠点を欧州に移すことになっており、環境面の変化がレースにどう影響するのか、そしてフェラーリ、ポルシェ、キャデラックらが参入してくるなかでどんな強さを見せてくれるのか、期待は膨らむばかりです。
なお、2023年のWECではタイヤウォーマーの使用が禁止されます。スーパーフォーミュラ、スーパーGTと、コールドタイヤでのレース経験も豊富な平川選手がどんな活躍を見せるのかも注目していきたいと思います。
●マシュー・バキシビエール:トヨタに立ち向かう気概
規則移行に伴う特例措置として、LMP1ノンハイブリッド車両で2年目のハイパーカークラス参戦を迎えたアルピーヌ・エルフ・チーム(36号車アルピーヌA480・ギブソン)。そのなかでたびたび速さを見せたのが、マシュー・バキシビエール選手でした。
富士戦でのインタビュー記事でも紹介しましたが、かつてはあのピエール・ガスリーを上回るなど、その速さには疑いの余地がありません。今年はBoP(性能調整)でトヨタと性能が拮抗するレースがいくつかあり、とくに第4戦モンツァでは印象的な直接対決を演じてくれました。
トヨタ8号車、7号車との優勝をめぐるポジション争いのなかでは、7号車の可夢偉選手と接触する場面も。この接触ではトヨタ7号車にペナルティが与えられることになります。
このバトルを経て、2022シーズン2勝目をつかんだアルピーヌ。WECがアップしているシーズンハイライト動画では表彰式が始まるまでの舞台裏の様子を見ることができますが、トヨタ陣営とアルピーヌ陣営の間ではなかなかピリついたムードが漂っていたようです。
そんな一件もあり、WEC富士戦の取材時には「トヨタファンの人にひっぱたかれないかな?」と心配していたバキシビエール選手。もちろんそんなことはなく、ピットウォークでは笑顔で対応していたのが印象的でしたが、モンツァのバトルによって(とくに日本では)存在感を大きくアピールした選手となった気がします。
もちろん、ル・マン24時間決勝中にはバックマーカーと交錯するなかでクラッシュを喫するなど、ポジティブなことだけではなかった一年であることも事実。このあたりは、彼のなかでも将来の糧になっているものと思います。
2024年からのLMDh参戦を控えるアルピーヌですが、2023年はLMP2へと参戦予定。バキシビエール選手の去就は明らかになっていませんが、2024年には再びトヨタをはじめとしたトップカテゴリーの陣営とバトルしてくれることを期待したいところです。
■何度も接近戦を演じた“永遠のライバル”
●アレッサンドロ・ピエール・グイディ:『クルマを持ち帰る』ことの難しさと偉大さ
最後のひとりは、LMGTEプロクラスでAFコルセのエースナンバーを背負い、最終的には2年連続タイトルを勝ち取ったアレッサンドロ・ピエール・グイディ選手(51号車フェラーリ488 GTE Evo)を挙げたいと思います。コンビを組む、ジェームス・カラド選手も付け加えたいところですね。
2022年もまた、記憶に残る接近戦が各レースで繰り広げられたLMGTEプロですが、一番に思い出されるのは第4戦モンツァでしょうか。2021年のタイトル決定戦もそうでしたが、51号車にとってはもはや“永遠のライバル”と形容してもよさそうな、ポルシェGTチームの92号車911 RSR-19と接近戦のバトルを繰り広げました。
92号車のケビン・エストーレ選手がレース後に「僕らが審議になるとペナルティを受け、フェラーリが審議されてもペナルティを受けない。これはいつものことのようだね」と語るなど若干不穏な要素もありましたが、コース上での軽い接触を伴ったバトル自体には、両者とも納得している様子だったのが印象的です。
そしてもう1戦、ピエール・グイディ選手が最高の技量を発揮したのは、タイトル決定戦となった第6戦バーレーンだったと思います。
正直、第5戦富士とこのバーレーンは、BoPが失敗なのでは? と考えたくなるほど、ポルシェにパフォーマンスが無いように見えました。実際、この最終戦ではFCYのタイミングという妙もあり、次第にフェラーリが優位にレースを進めていきます。
レース終盤、トップ走行中のカラド選手に思わぬトラブルが降りかかります。「車内に爆弾が落ちたような音」が響き、4速ギヤを失ってしまうのです。
その状態でマシンを引き継いだピエール・グイディ選手は、最初は「どうすればいいか、分からなかった」といいます。トラブルによってミッションオイルの温度が急上昇。しかし、さまざまな走り方を試しているうちに、高いギヤを使って走行すれば、温度上昇を避けられることに気づきます。
シフトチェンジを最小限にとどめ、可能な限り5速のみで走行を続けるピエール・グイディ選手。これ以上順位を落とすとタイトル防衛が危ない、というラインまでラップタイムは落ちましたが、その状態でなんとか耐え忍んでフィニッシュし、見事にチャンピオンシップを制しました。
『何があっても、マシンをチェッカーに導く』。耐久レース、ましてやタイトル決定戦において何よりも重要で難しい命題を、絶体絶命の状況で成し遂げたピエール・グイディ&カラド選手、そしてAFコルセは、LMGTEプロ最後のチャンピオンにふさわしい存在だと言えるでしょう。
付け加えると、相方のカラド選手の活躍も目立ったシーズンでした。とくに印象に残っているのは、第2戦スパの終盤。こちらもポルシェ92号車との直接対決となりましたが、燃費戦略も奏功し、なんとかフィニッシュラインまで92号車を封じ込め、首位を守ることに成功しています。
参戦台数は少ないながらも、予想を上回る激戦を見せてくれた、世界最高・最強のGT使いたち。2023年からこのクラスの戦いが見られないのは、本当に残念としか言いようがありません。
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上記では言及できませんでしたが、TOYOTA GAZOO Racingのチーム代表兼ドライバー・小林可夢偉選手の活躍は、やはり特筆に値すると思います。トップカテゴリーにおけるチーム代表兼任選手といういわば前代未聞の役回りは、かねてより“レース・クラフター”であり“チーム・ビルダー”であった彼にしかできないことだと思いますし、実際にチーム代表業の負担はかなり大きかったように見えました。
しかし、トヨタの4年連続でのドライバー&マニュファクチャラーのダブル・タイトル獲得には、可夢偉チーム代表の貢献があったことは間違いありません。チームとして開幕戦セブリングでの7号車の大クラッシュ、続く第2戦での8号車の早期リタイアなどから立て直してのタイトル獲得には、相当な苦労があったことが想像できます。
また、日本籍チームとしてWECフル参戦2年目を迎えた、Dステーション・レーシングの星野敏選手・藤井誠暢選手の健闘も賞賛に値します。藤井選手得意のオーバーテイクも何度も見られましたし、星野選手もアベレージ・ラップを上げることができた一年となったようです。TFスポーツのハイレベルなオペレーションとのコンビネーションも成熟の域に達し、地元・富士で表彰台に登壇したのは最高の結果だったと言えるのではないでしょうか。
ル・マン100周年を迎える2023年は、新規マニュファクチャラーの参戦ラッシュ。3月のシリーズ開幕が、本当に待ち遠しいです。