1991年1月に起きた湾岸戦争の際、停戦後の自衛隊掃海艇の派遣に向け、当時の村田良平駐米大使が海部俊樹首相の決断を強く促していたことが、21日公開の外交文書で分かった。91年3月の極秘公電で「決断のタイミングは今からでも決して遅くはない」と主張した。日米関係の悪化と国際社会からの批判を懸念…
1991年1月に起きた湾岸戦争の際、停戦後の自衛隊掃海艇の派遣に向け、当時の村田良平駐米大使が海部俊樹首相の決断を強く促していたことが、21日公開の外交文書で分かった。91年3月の極秘公電で「決断のタイミングは今からでも決して遅くはない」と主張した。日米関係の悪化と国際社会からの批判を懸念…