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「試合中、ドライブで抜けるラインが見えるんです」――。

横山智那美選手(愛知・桜花学園高校、3年生)は、取材中にふとそう口にした。

今夏、世界の若手トップが集まるNBAアカデミーに選ばれ、U18日本代表にも選出。女子アジア選手権で大活躍しアシスト王を獲得、大会ベスト5にも選ばれた逸材・横山選手。

彼女の武器は「ドライブ」。抜群のスピードと巧みなセンスで、相手陣内へスルリと切り込んでいくのが得意中の得意だ。

そして彼女は試合中、そのディフェンスの間の切り込む“ライン”が見えてくるのだという。

「ボールを持つと、スペースというかラインが急に見えてくるんです。なんかフワっと、透明な感じで。そこだけ浮いて見えてくる感じで」(横山選手)

驚くべき、まさに天才的な感覚からくる言葉だ。

2019年から2020年・2021年とウインターカップ3連覇を果たし、12月23日(金)から始まる「SoftBank ウインターカップ2022」では学校として初の4連覇を目指すことになる桜花学園。

キャプテンとしてチームを率いる横山選手だが、高校No.1プレーヤーで“天才”といわれる彼女にとっても、高校バスケ最大のイベント・ウインターカップの制覇は容易いことではない。特に今年は、苦しい1年でもあった。

◆「バスケが人生」名将・井上ヘッドコーチの選手たちへの愛

夏のインターハイ、桜花学園はまさかの3回戦敗退という結果に終わった。大きな敗因は、「ヘッドコーチの不在」だ。

名門・桜花学園を率いる井上眞一ヘッドコーチ。今年で就任36年目の76歳。全国大会優勝71回を誇る名将だ。

70歳を過ぎても毎日体育館で檄を飛ばし、試合では負けたら誰よりも悔しがる。暇さえあれば海外のバスケ動画を見て勉強するほど「バスケが人生」だという。

また、試合や練習の場面では非常に厳しく選手たちを指導することもあるが、コートを離れると一変。

選手たちが「コートにいる時は“監督!”って感じで、寮に入ったらみんなのおじいちゃんって感じです」と話すように、コート上での厳しさと寮での優しさ、その切り替えを大事にしている。

「練習のきつさとか、(選手は)コートの中では悩みが絶えずあるんですけど、それが同じように寮の中でもあったら、もう逃げる場所がない。だから、寮の中では家族として生活する」(井上ヘッドコーチ)

選手を家族と表現する井上ヘッドコーチ。

毎年インターハイやウインターカップの前には、ベンチ入りメンバー全員へ“ラブレター”、つまり愛のこもった手紙を渡すことでも知られている。そのメッセージと存在に、歴代の桜花学園の選手たちはとてつもない力をもらってきた。

◆36年ではじめての事態。横山キャプテンの涙

今年の夏のインターハイ、そんな井上ヘッドコーチの姿がベンチになかった。これまで36年間、一度だって大会にいかなったことはない。

去年から続いた体調不良で、今年の春頃から7カ月間、手術と治療などでほとんど体育館に来れていなかったという。

そして、井上ヘッドコーチ不在で迎えた7月のインターハイ。なんと3回戦で敗退。20年ぶりにベスト8を逃すという誰もが驚く結果だ。選手たちの気持ちは不安でいっぱいのドン底だった。

そして、キャプテンの横山智那美選手。名門・桜花学園の歴代のキャプテンの中で、こんなにも辛い立場のキャプテンはいなかっただろう。

この時期、どんな思いだったのか? そう質問を投げかけると、それまでハキハキと話してくれていた横山選手が急に黙り込み、それからポロポロと涙をこぼしはじめた。

いつもクールで冷静、弱音は一切言わない見せない。そんなしっかり者の横山選手が泣いた。

「不安でした。井上先生がいない中で、しっかりキャプテンができるのかって不安で…」(横山選手)

井上ヘッドコーチという大きな存在がいない状況でのキャプテンという重圧。そして、インターハイでの屈辱的な敗戦。

趣味バスケ、好きなことバスケ、得意なことバスケという横山が、「初めて体育館に行きたくなかった」と振り返る。

インターハイ前に井上ヘッドコーチからもらった手紙に書いてあった言葉は、「キャプテンとして、チームを引っ張れ」。だからこそ、インターハイ敗戦にキャプテンとして大きな責任を感じ、一人で落ち込んでしまった。

しかし、この敗戦は、チームの絆が強くなるきっかけになったという。

副キャプテンをはじめチームメイトたちは、それまで横山選手にすべてを“任せすぎていた”ことを反省し、「キャプテンをもっと支えよう」「チーム全員で強くなろう」と奮起。

そして、代表活動から帰ってきた横山選手と3年生全員で、「井上先生がいないからこそ、もっと自分たちでやらなきゃいけない!」と決意を新たにしたという。

インターハイの後、体育館のど真ん中に掲げられた言葉があった。

それは、“命がけ”。

「コートに出たら戦場だぞ!命がけで戦ってこい!」井上ヘッドコーチの口癖だ。

この言葉を体育館に張ったことで、「命がけでやろう!」と練習から選手同士で厳しい声かけをするようになり、井上へッドコーチのいないピンチを全員で乗り越えていった。

◆桜花学園、真のリベンジへ

「頭を動かせ!」「膝の位置までもっと手を下げろ!」「目でもフェイクしろ!」――。

10月中旬、井上ヘッドコーチの檄が飛ぶ。元気になって体育館に戻ってきた。

相変わらずの細かな指導に選手たちも緊張感が走り、練習はさらに濃い内容になっている。

そして迎えた11月13日、U18日清食品トップリーグ。

夏のインターハイの3回戦で敗れた京都精華学園高校にリベンジを果たす機会が訪れた。井上ヘッドコーチも8か月ぶりにベンチに帰る。

この一戦、コートにいたのは、夏とは別人のような選手たちだった。

「走れ!走れ!」「足使え!」――。エースの横山選手だけでなく、チーム全員がひとつになって思い切りプレー。全員で声を出し、全員でゴールに攻めていった。

試合は最後の最後まで一進一退の大接戦となったが、2点差で桜花学園が勝ち切る。見事リベンジを果たした選手たちは歓喜に沸き、喜びで涙を流す選手もいたほどだ。

そして、横山選手。

「井上先生が喜んでくれると思って、先生のところに行ったら…。『センターへの合わせのパスを冬までにもっとしっかしろ』とだけ言われました(笑)」

コート上の“厳しい”井上ヘッドコーチは、冬への課題だけを横山選手に伝えてすぐに去っていったという。

「ウインターカップで優勝しないと井上先生は喜んでくれないんだなって思いました。絶対に冬勝たないと、と思いました」(横山選手)

ウインターカップ40年連続出場、24度の優勝を誇る絶対女王であり“挑戦者”の桜花学園。この冬、真のリベンジを果たすことが出来るのか、注目だ。

(取材:青木美詠子)