クルマを安全に、あるいは速く走らせるための特別なテクニックがある。しかし、かつては上級者必須と言われたテクニックも、技術の進歩によってクルマやそれを取り巻くアイテムが変わってしまい、現代では不要、もしくは時代遅れになっているものも多い。そこで今回はこのような“死技”を紹介してみよう。アナタはいくつ知ってる?
文/長谷川 敦、写真/アウディ、スバル、トヨタ、Newspress UK、マツダ、メルセデスベンツ、写真AC
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もうF1レーサーもできない? 「ヒール・アンド・トゥ」
以前はスポーツドライビングの基本テクニックと言われたのが「ヒール・アンド・トゥ」だ。これはマニュアルトランスミッション車でシフトダウンする際に使うテクニックで、右足のつま先(トゥ)でブレーキ、かかと(ヒール)でアクセルを踏み、減速のためブレーキを踏んだ時にエンジン回転数が落ちすぎないようにするのが目的。
言葉にしただけでも難しそうだが、実際にやってみるとその難易度はかなりのもの。しかし、先に書いたようにスポーツドライビングの基本ではあるので、昔の運転好きはヒール・アンド・トゥの習得に時間を費やした。
このヒール・アンド・トゥはブレーキとアクセルの踏み加減が微妙で、クラッチをつないでいない瞬間にアクセルをあおりすぎた場合にエンジン回転が必要以上に上がってしまい、オーバーレブでエンジンにダメージを与えることもあった。
もちろん、オートマ車ではこのテクニックは使えず、ギヤセレクトはマニュアルであってもクラッチレスのシフトなら、エンジンの回転数はクルマ側で適切に調整してくれるため、ヒール・アンド・トゥは不要だ。
実車F1でフットクラッチを使用せず、シフト操作はハンドル裏のレバー(パドル)で行うセミオートマチック車が登場したのが1989年で、そこからF1をはじめレースカーには急速にこのシステムが普及。現在ではエントリークラスのレースモデルでもパドルシフトがほとんどいう状態だ。
こうした事情もあり、近年では実車レーサーでもヒール・アンド・トゥの経験がないというケースが増えている。実際、2021年までにF1で合計8勝をあげたオーストラリアのダニエル・リカルドは、カートからジュニアフォーミュラ、そしてF1に上がるまでヒール・アンド・トゥを行う必要がなく、本人もそれをできないと語っている。
かつてはそれができて一人前どころか、それでようやくスポーツ走行のスタートラインに立ったとまで言われていたヒール・アンド・トゥ。だが現在は、日常走行はもちろん、スポーツ走行でもこのテクニックを披露する機会は激減している。
技術の進歩でこちらも過去の遺産に 「ダブルクラッチ」
オートマ車全盛の現在では「ダブルクラッチ」はもとよりクラッチという言葉自体も聞く機会が減っている。しかし、過去に行われていたダブルクラッチはギヤの負担を減らすテクニックのひとつであった。
ダブルクラッチとは、シフトダウンを行う際に一度クラッチを踏んでギヤをニュートラルポジションに戻し、そこでアクセルをあおってエンジン回転を上げておいてから再びクラッチを踏んでギヤチェンジを行うもの。もちろん、この作業は素早く行われる。
シフトダウンの際に各ギヤの回転数に違いがあると、ギヤチェンジ時の回転差でギヤとギヤがうまくかみ合わず、ギヤが“ガリって”しまう危険性がある。これはギヤを痛める要因になるので、一度ニュートラルにしてから回転を合わせるのだ。
ギヤの回転をシンクロさせる機構は以前から用いられているが、かつてのこの機構は精度が低く、スポーツドライビングでなくてもダブルクラッチを使うケースは多かった。しかし、その後シンクロの性能も上がり、現在のマニュアル車でもダブルクラッチを駆使する必要はほとんどない。
細かいハンドル操作はもう古い!? 「ソーイング」
カーブを曲がる際、ステアリングホイールを一気にガバっと切るのではなく、小刻みに操作することを「ソーイング」と呼ぶ。これを英語で書くと「Sawing」で、ノコギリを細かく前後に動かすような動作を言う。
ソーイングを行う理由は、ハンドルの切り角を細かく調整することによって限界が探りやすくなるため。高速コーナリングでは、タイヤのスリップアングルを調整して旋回速度を高めるという狙いもある。
しかし、ソーイングが盛んに行われていたのは、現在よりもタイヤの性能が低かった時代であり、十分な性能を持ったタイヤであれば小刻みに限界を探る必要はなく、限界がきたとしても、ドライバーはそれを感知して対処できることが多い。
このソーイングも現代の一般道で実行する必要はなく、かつてはソーイングを行った雪道や氷上走行でも、ハンドルは急いで細かく動かすより、慎重に操作するほうが良いケースが多い。
実は昔も有効じゃなかった? 「フェイント」
たとえば右に曲がろうとする時、一瞬だけ左にハンドルを切ってから、すぐに右にハンドルを操作することがある。この逆側にハンドルを操作するのが「フェイント」だ。
フェイントはコーナーでの荷重をうまく移動させることに使われる。本来はコーナーに対して外側になるほうのタイヤ荷重を一瞬抜き、そこから正しい方向に一気にハンドルを切って車体をロールさせ、外側の荷重を増やしてマシンを曲げるテクニックだ。この動作によってテールスライドも誘発しやすくなる。
このテクニックもほかと同様に、タイヤや車体の性能が向上した現在ではあまり使われることがないことに加え、クルマが不安定になりやすいので一般道での使用はお薦めできない。また、ラリーやドリフトのように、意図的にマシンを滑らせるカテゴリー以外では以前からメジャーではなかったという話もある。
なお、一般道を普通の速度で走っていても、一度本来の向きとは逆にハンドルを操作してから曲がる人がいる。これはフェイントでもなんでもなく、ただの悪いクセなので早めに直しておいたほうがいい。後方を走るクルマの運転手に誤解を与えかねず、歩行者にも迷惑になる。
逆に切ってからでないと曲がれないという人は、まずは十分に速度を落としてからハンドルを操作するようにすれば、自然に一度の操作で曲がれるようになるはずだ。
超絶技巧も今は昔 「セナ足」
最後は公道上であまり使う機会のないテクニックだが、一時期ちょっとしたブームになった「セナ足(あし)」を紹介しよう。
1988、90、91年のF1GPでチャンピオンに輝き、日本でもカリスマ的な人気を誇ったレーサーがブラジルのアイルトン・セナ。チャンピオン獲得マシンのエンジンがすべてホンダ製だったことも日本での人気を高めた要因になった。
そのセナがレースで駆使してしたのがセナ足だ。これはスロットルを小刻みにオンオフしてエンジン回転数やマシンの姿勢をコントロールするテクニックであり、セナ以外にも同様のテクニックを使ったレーサーは多いが、セナは特にその精度と細かさにおいて他を圧倒していた。
セナがコーナリングを行っている時は、エンジン音が「フォフォフォフォン」と細かく響き、特にタイムアタック中はその響きがより大きくかつ小刻みになった。
セナ足の効果は「ターボエンジンのラグを補うため」「タイヤに与える駆動力を調整してトラクションをコントロールする」「スロットルコントロールで車体の向きを変える」などの諸説があるが、おそらくそれらすべてが正解で、状況に応じて使い分けていたと考えられる。
セナはこのセナ足操作を1秒間で6回行っていたというデータもあるといい、利用できるものはすべてを使ってラップタイムを縮めてきたセナのスゴさを物語っている。
しかしセナ足は速さと引き換えに燃費が悪化するなどのデメリットもあり、コンピュータによる制御が進化した現代の最先端レースではそこまでポピュラーなテクニックではない。
日本でF1ブームが巻き起こった1980年代後半から1990年代前半にかけて、公道走行でもこのセナ足をまねてみる遊びが流行ったが、セナ足は限界ギリギリのコーナリングで最後の0.01秒を削るテクニックのため、公道での効果はほとんどなく、しょせん遊びでしかなかった。
また、これは運転テクニックから少々ズレてしまうが、最近はあまり見られなくなった道路上での行いを紹介しておこう。
以前は、高速道路の有人料金所のかなり前からお札を持った右手を車外に出し、係員にお釣りを用意しやすくさせるという行動がよく見られた。しかしこれは現在ほとんど行われていない。その理由はもうおわかりだろう。そう、ETCの普及だ。現金のやり取りを行わなくなった今、こうした行動は絶滅しつつある。
そしてもうひとつは、速度取り締まりを実施しているポイントの手前で、対抗車がパッシングライトを光らせてそれを知らせてくれるというもの。これもまた絶滅してはいないものの、慣習としては減っている。そもそも、本来必要ない場所でのパッシングライトは違法であり、受ける側が取り締まりを知らせる合図だと知らなければ意味はない。
ということで、ここまで現在は使われることがほとんどないドライビングテクニックを紹介してきた。そして、現在は常識と思われているテクニックも、将来はやはり時代遅れと言われてしまう可能性もある。
しかし人生には何が起こるかわからない。もしかすると、明日アナタがひょんなきっかけで貴重なクラシックカーのオーナーになってしまうかもしれない。そうなった時には、今回紹介したテクニックが役に立つ可能性が高い。つまり、時代遅れで通常は不要になっているとはいえ、そうしたテクニックを“たしなみ”として身につけておくのも悪くないだろう。
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