環境性能にも優れるSUVとして大人気の三菱アウトランダーPHEV。中でもツインモーター4WDによるS-AWCが生み出す圧倒的な走行性能は、このクルマの大きな魅力だ。なぜ三菱はここまで4WD技術にこだわるのか。そこには2021年に復活を果たした三菱モータースポーツの大看板「ラリーアート」の偉大な歴史が隠れていた!
文/鈴木直也、写真/平野 学、西尾タクト、三菱自動車
■復活戦で総合優勝を飾ったラリーアート
ラリーアートの復活。それは三菱ファンのみならず日本のモータースポーツファンにとって大きなトピックだった。
ブランドそのものの復活は、ドレスアップパーツの発売やコンセプトカーの東京オートサロン出品などで、22年初頭からそろりと始動していたが、ラリーアートといえばやはりモータースポーツ!
3月に、東南アジアで開かれるアジアクロスカントリーラリー(AXCR)仕様のトライトンをタイのバンコク国際モーターショーでお披露目し、11月下旬の同イベントへの参戦が明らかになった時、多くのファンが「ラリーアート本格始動!」と大いに盛り上がった。
10月にはトライトンの国内での耐久試験車による試乗会が開かれ、もちろん、ベストカー取材班も参加。静岡の富士ヶ嶺オフロードのコースを激走するトライトンに同乗したほか、総監督を務める増岡浩さんに抱負をうかがうなど、ひさびさの実戦に臨むラリーアートの現状を伝えてきた。
この時点で、増岡さんのインタビューで印象的だったのは、「ようやくここまでこぎつけたわけですから、小さく生んで大きく育てるという気持ちですよ」という言葉。
強気の増岡さんにしては意外や慎重だなと思ったものだが、よく聞いてみるとそこにはAXCRならではの難しさがあるらしい。
ラリーアート参戦! というと、あたかも三菱がワークス体制でエントリーするかに思えるが、AXCRは基本的にアマチュアのためのイベント。ラリーアートの仕事は現地チームの支援がメインで、技術的には「とにかく壊れないクルマを造る」ことがテーマ。プロがラリー専用車で闘うWRCと違って、ラリーアートは裏方といっていい立ち位置なのだ。
最高のマシンを仕上げできる限りの支援はするが、最終的には現地チームによる闘い。監督の増岡さんとしても「やってみないとわからない」という部分が大きかったのではないかと思われる。
ところが、すでに報じられているとおり、結果は大金星。トヨタ・ハイラックスやいすゞD-MAXなど強豪を向こうに回して、チャヤポン・ヨーター選手のトライトンが見事に総合優勝を勝ち取ったのだ!
こりゃ増岡さんからぜひ現場の話を聞きたい、というわけで、凱旋帰国早々の増岡さんに独占インタビューを申し込んだ!
■トライトンの勝因は圧倒的な耐久性
BC:まずはおめでとうございます。小さく産んで大きく育てるとおっしゃってましたけど、すごい育っちゃいましたね。
増岡:ありがとうございます。でもねぇ、来年に向けてハードルがすごい高くなっちゃったなーというのが本音。正直、今年は3位以内に入れば十分という気持ちだったんです。ご覧いただければわかるとおり、クルマは95%くらい市販ノーマルだったんだけど、素材の良さが助けてくれた。
BC:富士ヶ嶺で話を伺った際、十勝で徹底的にテストしたから、耐久性には自信があるとおっしゃってました。そのとおりの結果が出てますね。
増岡:ノントラブル、メカも含めてノーミス、まったくタイムロスなくゴールまで行けたのが勝因でした。SS2は全長203kmとこのラリー最長なんですが、チャヤポン選手はここで圧倒的なトップタイムを記録。そのリードを最後まで守りきった。終わってみればトップを取ったのはSS2だけだったんですが、追いかけてくるライバルはSSトップを取る速さはあるものの、それが続かなくてトラブルで後退という状況でした。
BC:監督としては、逃げる立場になるとハラハラしたんじゃないですか?
増岡:毎朝ミーティングで「今日も落ち着いていこう、100%集中して余計なことを考えず自分のペースで走れ」と、ドライバーに言い含めましたね。クルマがサービスに帰ってきてメンテナンスが終わるのが毎日深夜になるんですが、それをボク自身がテスト走行して最終チェックしてた。最終日の前日くらいに「これは勝てるな」と確信しました。魂がこもってるからクルマの状態が良かった(笑)。
BC:AXCRはもう27回もやっていて、アジアでいちばん歴史があって大きなラリー。アマチュアチームにとっては、ここにエントリーするのが目標という権威あるイベントです。そこでの優勝は新生ラリーアートにとって非常に大きい成果じゃないですか?
増岡:ラリーは身近なクルマがみんなが使う生活道路を走りますよね。これは欧州中心のWRCでも同じなんですが、たくさん売れるクルマのプロモーション効果が大きい。
BC:F1と違って競技車と市販車が直結してますからねぇ。
増岡:アジアはご存知のとおり三菱にとってもっとも重要な市場。新生ラリーアートが盛り上がるのはここからだと思っています。
■ラリーが電動化されたらPHEV技術が活きる!
BC:ちょっと気が早いかもしれませんが、その先の将来構想についてはいかがですか?
増岡:具体的な話はまったくないから、あくまで原則論だけど、たとえばターマック系のラリーに発展して行くとすれば、将来的に電動化は不可避でしょうね。
BC:すでにWRCのWR1カーはハイブリッド化されてますし、FIAはフル電動のラリー5eというカテゴリーも考えているようです。
増岡:個人的には、公道を走るというラリーの性格からいって、ラリー車の電動化にはPHEVがもっとも適していると思ってます。
BC:コンセントレーションランは電動で走り、SSでは内燃機関も使ってパワフルにタイムアタックとか。カーボンニュートラル的にも望ましいですね。
増岡:まだ先の話ですが、将来はそういう環境を考慮した競技形態にシフトしてゆく可能性はあると思ってます。
BC:そこで三菱独自の技術が光るのが、アウトランダーPHEVのS-AWCですね。
増岡:前後ともモーター駆動にすると、トルク配分を自由自在、しかも精密に制御できる。三菱4WDのコンセプトは、4つの車輪を対角線で結んで交わる点、そこを中心にクルマが旋回するように4輪のトルク制御やブレーキ制御をきめ細かくやるのが特徴。コントロールしやすく、滑りやすい路面でもドライバーが望むラインを安全にトレースできるように考えられています。
■若いエンジニアはランエボがWRCを席巻した時代を知らない
BC:そのお答えは、増岡さん的には「模範解答」だと思うんですが、でも安全安心だけが三菱4WDの魅力じゃないですよね?
増岡:まぁ、たしかにウチの制御は単に安全なだけじゃなくマニアックですね。たとえば、アウトランダーPHEVには、ターマック、グラベル、スノー、マッドの4つの4WDモードがあります。
BC:普通のユーザーはマッド(泥濘地)なんか滅多に行かないけど(笑)。
増岡:でも、開発者から「雪とか泥でスタックしたら増岡さんどうするの?」って聞かれるわけ。で、そりゃ最初バーンと一回空転させて、遠心力でタイヤに詰まった雪や土を飛ばして、それから本来のグリップを活かせば4WDなんだからラクに脱出できるんだよって話をする。技術者も凝り性だから、じゃやりましょうってことで、アウトランダーPHEVのマッドモードにこういう制御が実装されているわけです。
BC:マジすか? こんど雪道で試乗したらやってみよう!
増岡:将来、クルマが電動化する時代は必ず来る。そうなると、エンジンの開発がなくなるぶん、駆動力配分、サスペンション設定、ハンドリングなど、走りのテイストが最大の差別化要因となる。エンジンでもPHEVでもBEVでも、三菱はつねに4輪トルクを最適制御する思想が貫かれていて、これがウチの独自の魅力となると思っています。
BC:話は尽きないんですが、そろそろ最後の締めとして2023年の抱負などがあったら。
増岡:デビュー戦で優勝しちゃったことでハードルは上がったけれど、2023年の参戦はもちろん、その先のことも考えています。モータースポーツ活動の良いところは、直接参加するスタッフだけじゃなくエンジニアをはじめとする関係者みんなのモチベーションが高まること。ここ10年くらいに入社した若いエンジニアはWRCをランエボが席巻した時代を知らないわけですが、彼らにとってもトライトンのAXCR優勝はすごくに刺激になっているし、ラリーアートが象徴する三菱のモータースポーツの伝統を次世代に引き継ぐという意義も感じてます。
BC:(じゃオフレコでけっこうですから)2023年の予想を。
増岡:まだ参戦すら正式決定していないんです。ただ夢は言葉にしないと実現しないから言っちゃうけど、出るならば表彰台を独占したいなと!
BC:どひゃー! それじゃ2023年はベストカーも取材チームを組んで現地入りしなきゃ。ぜひ夢をかなえてください!
【増岡 浩(ますおかひろし)】
三菱自動車工業株式会社 理事 総務・コミュニケーション・サスティナビリティ本部 広報部チーフエキスパート 第一車両技術開発本部 システム実験部 担当部長 ラリーアートビジネス推進室 担当部長。1960年生まれ。79年からオフロードレースに出場し、87年からダカール・ラリーに参戦、2002年と03年には三菱パジェロで日本人初の総合2連覇を達成した。現在は開発中の車両評価やテストドライバーの育成、ラリーアートの事業開拓など、多忙な日々を送っている。
【画像ギャラリー】道なき道を走り抜いた三菱トライトンのディテールを全部見る!(20枚)画像ギャラリー
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