株式会社ターンアラウンド研究所
元千葉ロッテマリーンズ経営企画室長
小寺昇二
サッカーワールドカップ・カタール大会で、日本代表は6日、決勝トーナメント1回戦でクロアチアに惜しくも敗れ、悲願のベスト8はまたも果たせませんでした。
しかし、明るい話題の乏しかった日本社会において、強豪を胸のすくような形で撃破したサッカー日本代表に日本列島全体が湧きたちました。
長らく「失われた30年」と揶揄され、グローバルとの比較では遅れが目立ち、それでも経営改革が出来ない日本企業が、再生していくヒントが森保ジャパンの躍進の陰に存在するのです。
森保監督のシステム変更は“世界標準”
さて、多くの日本人が驚いた森保ジャパンの戦術には、ドイツ戦やスペイン戦で見せた後半のシステム変更というものがあります。
これまで日本ではデフォルト的であった4バックから、逆転のためにまずは選手交代と共に5バックで守備を固め、さらに選手交代と共に3バックで前線・中盤でのプレスの強度を高めることによって相手のミスを誘発し、それをスピード豊かな選手が決め切る…元々「判官びいき」の日本人が好む弱者の一発逆転ゲームに日本全土が熱狂しました。
俄かサッカーファンも「サッカーの戦術論」の面白さに目を開かされたのではないでしょうか?
こうした森保監督の戦術変更は決して森保監督が編み出したものではありません。ここ21世紀に入ってから、サッカー強国、あるいは世界のトップクラブでは当たり前のように行われてきたことなのです。
では、
「なぜ外国メディアまでも大きく森保監督のシステム変更を絶賛したのか?」
そして
「なぜ日本代表では、これまであまり採用されてこなかったのか?」
前者の答えは明確です。
優勝候補の2チームに対し、前半の「死んだふり」にも等しいダメダメサッカーに対し、後半があまりに素晴らしく、またシステム変更が最高の形で嵌ったからです。
問題は、後者です。
実は、歴代の日本代表監督も、こうしたシステム変更を試みてきましたが、上手くいかず断念してきた、あるいは中途半端な形でしか実行できずにいました。
森保ジャパン「育成プロセス」
今回W杯で見事に「嵌った」森保ジャパンのシステム変更は、日本代表選手のレベルが、「劣勢の中での、試合中の、格上の相手に合わせた」難しい局面でもチームとして実施できるほどに高くなっていることを示していることを示していると言って良いでしょう。また、システム変更を可能にする「ポリバレント性」(専門性の高さを複数のポジションで発揮できること)が代表の選考基準の大きなポイントでもありました。
日本サッカー界として、志向してきた「育成」が着実に芽吹き、大きな花を咲かせつつあることを示しているのです。
育成のプロセスとは、下記のことです。
- とにかく若いうちに外国(基本的に欧州)に移籍して揉まれる
- 最初からビッククラブ移籍を目指すのではなく、一流のリーグの2部、あるいは一等国より若干レベルが落ちる国のトップリーグでまずは力を蓄え、ステップアップしていく
連日メディアで書き立てられているように、日本代表選手は大半が鎌田選手のようにドイツのブンデスリーグを始めとする外国の一流リーグで戦っていて、ベルギーなどの少し格下のリーグからのステップアップした選手が多いのも特徴です。
現在Jリーグで戦っている選手たちも、「ブラボー!」の長友のように超一流チームのイタリア「インテル」で活躍していたりということで、とにかく百戦錬磨の選手たちなわけです。
日本企業はどこを学ぶべき?
日本企業の経営トップや日本のビジネスパーソンは、単に森保ジャパンの活躍を応援するのではなく、自分たちの足元、つまり日本企業へ森保ジャパン与えてくれた示唆を考えてみるのが良いでしょう。
筆者が考えることは、以下のようなことです。
- 指揮官たる経営トップは、森保一監督のように、「世界でのトレンド」に常に敏感であり、オリンピックチームの監督を兼ねながら代表選手の「育成」にも心を配っていた姿勢を学ぶべきである。来年度から「人的資本の開示義務」が上場企業に課されることになるが、これまでのように人財育成よりも組織改編やM&Aといった外形的な経営改革にフォーカスしていたのを、社員を「資本」と認識し、「人財育成」について経営改革と連携した形で推進していくことが望まれる。
- ポリバレントであっても、日本代表選手たちは、専門性・スキルが高く、森保監督がイメージする「ゲームプラン」に合致した動きが出来る選手たちである。日本企業も、義務化される「人的資本の開示」において求められる「ナラティブ」(経営者が、投資家に対し、経営戦略について人財育成や人財戦略と絡めて語っていくこと)の好例として見習うべきである。「メンバーシップ型」(スペシャリストではなくジェネラリストの社員採用、育成)の昭和の日本型経営と完全に決別し、グローバルなトレンドに遅れていない経営改革、人財戦略を志向すべきであろう。
サッカーを応援しながら、日本の、日本企業の今後を考え、我がことに引き付けて見つめ直しては如何でしょうか?