モータースポーツの世界で戦うチームは、レギュレーションのグレーゾーンがあればそれを利用してメリットを得ようとするものだ。自動車メーカーのワークスチームの場合、不正を行ってそれが発覚した場合、ブランドに傷がつくおそれがあるため、スタッフをガイドラインに厳格に従わせる。しかしそれ以外のチームにとっては、ルールを多少曲げることが有利に働くなら、ばれないことを願いつつ、実行に移す傾向にある。それをFIAがどう監視しているのかを説明していく。
■技術規則の違反をデジタルでチェック
現在のF1マシンは非常に複雑化しており、基本の技術レギュレーションだけで、文章は180ページにもおよび、それに加えて技術指令など数千の文書もある。チームは、レギュレーションに従うために、あるいは少なくとも違反を犯していることをFIAにばれないようにするために、この膨大な文書を読み込まなければならない。
最近、マシンの開発すべてをコントロールする上で、これまでで最も効果的な方法が導入された。チームはプレシーズン期間に入ると、マシンの3Dスキャンデータを提出しなければならない。さらにその年のすべてのグランプリで、FIAはマシンの3Dスキャンを最初の3Dスキャンと比較する。それによってFIAの技術部門は、すべてのチームがどのような開発を行っているのかを常に正確に把握することができる。
■空力テスト状況をリアルタイムでチェック
現在は、CFDと風洞の利用に制限が設けられている。FIAは、チームのシステムから直接入手したデータによって、彼らの開発作業を追跡することができる。つまり、第三者が開発したものがあれば、すぐに判明するようになっているわけだ。
チームがそれぞれ割り当てられたCFDと風洞の使用量を超えないよう、FIAの技術部門は、リアルタイムで使用状況を監視している。テスト量の割り当ては、コンストラクターズランキング(各シーズンの終了時とシーズン中盤)に応じて、上位ほど少なく定められている。
■チームの会計は、世界有数の監査法人を通してチェック
2021年からは予算制限も導入された。初年度にレッドブルが違反し、12カ月にわたる空力テスト制限のペナルティを言い渡されたことは記憶に新しい。
技術的開発に関してはFIAはリアルタイムでモニターすることができるが、チームが使う金すべてを監視する手段は持っていない。そのためFIAは、世界で最も信頼できる監査法人に、各チームの会計監査を依頼している。FIAが契約しているのは世界トップ5の監査法人のうちの4社だ。2021年と2022年の各社の担当割りは次のようになっている。
KPMG社:メルセデス、アルピーヌ、ウイリアムズ
Ernst & Young社:レッドブル、フェラーリ、ザウバー
PricewaterhouseCoopers社:マクラーレン、ハース
BDO社:アストンマーティン、アルファタウリ
この4社が各チームの経費を精査し、FIAのコストキャップ管理委員会に報告書を送ることになっている。その後、この機関が、チームがコストキャップ規定を順守していることを証明する順守証明書を発行する。
FIAがレースチームから得る技術情報を秘密にするのと同様に、監査法人が収集し、コストキャップ管理委員会に提出されるすべての情報は、当然機密扱いとなる。それが、チームにFIA技術部門や監査法人に情報を公開することに同意させる唯一の方法だ。ただし、FIAの技術部門に所属していた人間、あるいはF1チームの調査を行った監査法人に所属していた人間が、その仕事をやめた後に貴重な情報を外に持ち出す可能性があるのではないかという懸念があるにはある。
コストキャップ管理委員会は、レギュレーションに従い、次のようなプロセスを踏む。
・コストキャップ管理委員会は、F1チームが財務レギュレーションを順守しているかどうかを評価するため、F1チームから提出された報告書類を確認する。
・コストキャップ管理委員会は、F1チームの報告書類の確認を支援する独立監査法人と契約することができる。独立監査法人は、潜在的な異常の特定を行うため報告書類の財政的比較分析を行う。
・各F1チームは、財務規則の順守に関連して、コストキャップ管理委員会が随時要求する可能性のある追加情報、書類、説明を提供するものとする。
さらに、重要なのは以下の部分だ。
・報告書類の確認の後、コストキャップ管理委員会は、以下のいずれかの結論を下すものとする。
(a)F1チームは財務規則を順守している。その場合、コストキャップ管理委員会は、該当するF1チームに対して、順守証明書を発行する。
(b)F1チームは財務規則を順守していない。その場合、コストキャップ管理委員会は、次のいずれかを行わなければならない。
・当該F1チームと、第6.28条の条件に従って、違反容認合意(Accepted Breach Agreement/ABA)を締結する。または、それができない場合、この件をコストキャップ裁定委員会(さまざまな国籍の法律家で構成)に審理を委ねる。
レッドブルがしたように、ABAを締結した場合、両者はペナルティにおいて合意し、他チームがそれに対して異議を申し立てることはできない。しかしFIAから提示された取引を拒否した場合には、コストキャップ裁定委員会が裁定を下すことになり、ペナルティがより厳しいものになる可能性がある。従って、チームにとっては、FIAが提示する取引を受け入れることが最善の利益になる。
まとめると、FIAは、チームの技術部門が行うすべての作業を綿密に監視し、チームのすべての口座の動きを知ることができるわけだ。彼らはF1というリアリティショーにおいて独裁的権力を持つ存在であるといっていい。だが一方で、チームが規則の抜け穴を見つけ出す能力を過小評価すべきではないだろう。