バスは地域色が濃くなるせいか、どんな場所へ行っても認知されているスター的存在というのはあまり生まれない。その半面、目立つものは超目立つ。その最たるものが「ロンドンバス」だ。
文・写真(国内):中山修一
ロンドン市内バス写真:橋爪智之
他車を寄せ付けない存在感
世界的に有名なバスの例といえば、アメリカの黄色いスクールバスや、同じくアメリカの長距離バス「グレイハウンド」あたりが挙げられる。
数少ないメジャー級のバスの中で、公共の足はもとより趣味の存在を超えてファッションアイコンにまで昇華したものとなれば、英国のロンドンバスが唯一だろう。
「ロンドンバス」は、ロンドン市内を走る路線バス全般のことを指す。とはいえ日本に住んでいる平均的な日本人がイメージする典型的なロンドンバスは、レトロな外観をした二階建ての赤い車一択になるハズだ。
一度見たら忘れられない特徴的なスタイルを持つ、あの二階建てバスの正体……大抵の場合「ルートマスター」と呼ばれる車種が、いわゆるロンドンバスに当てはまる。
ルートマスターというクルマ
「ルートマスター」は、ロンドン市内で運行していたトロリーバスや市電を置き換える目的で計画された路線バス車両の一種だ。
英国のアソシエーテッド・エクイップメント・カンパニー(AEC)が製造を担当。1954年に試作車が完成したのち、1958〜68年にかけて量産車が作られ、2,876台が世に出された。
19世紀の乗合馬車時代から続く英国の御家芸である二階建て構造と、左側の後ろにドアのない出入口を1箇所設けたレイアウトが採用された。基本的には運転手と車掌の2名が乗務するツーマン車となっている。
ロンドンバスを象徴する車体色の赤はルートマスターから始まったものではなく、こちらも1900年代初め頃に広まった、バスを赤く塗る慣習(当初は企業間競争で自社の車両を目立たせるために始めた)に則ったものだ。
車体の長さや設備の違いなど、ルートマスターには7種類ほどバリエーションがあるが、中でもごく一般的なのがRM型である。RMは「Routemaster」を略したものである。
ルートマスターを意訳すると「経路の達人」のようになる。ルートマスターはどうしてルートマスターと呼ばれるようになったのか、意味の由来が大変気になるところだ。
しかし由来に関して、愛好家協会や博物館レベルでも特に言及されておらず、詳しいことは分からない。
ルートマスターRM型のスペックを表すと下記のようになる。
長さ:8.38m
幅:2.44m
高さ:4.38m
重量:7.47トン
定員:64名+1名
エンジン:9.6リッターまたは9.8リッターディーゼル
変速機構:4速オートマチックまたはセミオートマチック
1950年代の自動車でありながら、最初からマニュアル車の設定がないのは革新的に見える。
全長と幅・定員だけ見ると日本の中型路線車と同等になるが、ルートマスターの場合64人が全員着席できるため、収容力では大型高速車・貸切車のほうが近い。
今も使われている?
当時のロンドン交通経営委員会(LTE)によって、ロンドン市内でのルートマスターの運行が始まったのは1956年で、運営母体が現在のロンドン交通局(TfL)に変わった2005年まで一般路線での営業運転を行っていた。
老朽化が進んだほかに車掌乗務が原則であることや、バリアフリー対応できない構造であったのが引退の主な理由となっている。
2005年以降は「ヘリテージルート」と呼ばれる観光色の強い路線で使用されていたものの、ロンドン交通局によるルートマスターの運行は2019年をもって終了している。
とはいえ完全に道路上から姿を消したわけではなく、ルートマスターの貸出サービスやイベント等での特別運行、民営事業者が取り扱う観光路線などで運転されることがある。
「日本のバス」にもなったルートマスター
あくまで英国車のルートマスターであるが、日本でもイベントや観光目的の特別な路線バスとして営業運転を何度か実施している。日本でも認知度が高く、右ハンドル車であることが実現に一役買ったようだ。
日本の法律では車両の高さを3.8mまでにする決まりがある。2004年以降に一部道路で高さ制限が4.1mまで引き上げられたが、ルートマスターは4.38mあり、それでも制限に引っかかってしまう。
そのため、車体の屋根が構造物に激突する心配のない、上方のスペースが十分確保された経路に限定し、特別な認可を受けた上で公道でのルートマスター走行を認めるという、かなり珍しい措置が取られている。
ルートマスターの名を継いだ二階建てバス
ロンドン市内のバスは全部ルートマスターなのかと言えばそうではなく、普通の平屋建て車両やルートマスターではない二階建て車両(ダブルデッカー)も数多く使われている。
2011〜17年にかけて、ルートマスターの名を継いだ新しい二階建てバスが製造された。北アイルランドのライトバス社が製造を担当した「ニュールートマスター」NRM型である。
2008年、NRMの導入を公約に掲げていたボリス・ジョンソン氏がロンドン市長に当選し、その後導入が現実になったことから「ボリスマスター」なるアダ名も付けられている。車両価格は1台あたり5,700万円くらい。
長さ11.23m、幅2.52m、高さ4.39m、重さ12.65トン。1階22席+2階40席+立席を合わせ定員80〜87名と、旧ルートマスターよりも大型化された。ワンマン運転に対応できるようドアは前・中・後の3箇所に設けられている。
環境への配慮も重視されており、ディーゼルエンジンで発電し電動モーターの力で走行するハイブリッド方式を採っているのが特徴の一つだ。
2022年3月現在、ロンドン交通局では8,795台のバスを保有しており、うち2,467台が平屋建て・6,328台が二階建てだ。その二階建て車のうち1,000台がニュールートマスターにあたる。
また、NRM型と顔立ちがよく似た、ディーゼルエンジンと電動モーターの力を折半して走行するタイプのハイブリッド機関を搭載した二階建てバスのSRM型(Son of Routemaster:ルートマスターの息子)という車両も9台ほど活躍している。
既に一般営業路線から退いて年月が経っているが、赤い車体の二階建て“ロンドンバス”=ルートマスターが放つ、路線バスの象徴としての輝きは今も失われていない。
投稿 1950年製なのにオートマ!! ロンドンバスの正体を暴く は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。