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 BT(バスターミナル)ができる際には、その施設はもとより完成後に乗り入れそうな路線を想定する。座席指定制路線と自由席路線の比率によって、各乗車バース前に必要な待機列の数が変わる。すると案内サインの位置や向きも変わることになる。これに対応する“ソフトウェア”の業務が重要となり、意外と複雑なもの。この実務的なノウハウを紹介する。

(記事の内容は、2022年5月現在のものです)
文、写真/成定竜一(高速バスマーケティング研究所)
※2022年5月発売《バスマガジンvol.113》『成定竜一 一刀両断高速バス業界』より


■バスターミナルでのバイト経験が生かされた!?

「バスタ新宿」に移転統合から8年。旧・新宿高速バスターミナルは家電量販店の一部に

 筆者、高速バスマーケティング研究所所長である成定竜一の役割は、まだ見ぬBTの現場オペレーションを想像し、建築士ら設計側に伝え図面に反映させる「通訳」だ。

 学生時代に旧・新宿高速バスターミナル(通称:西口)でアルバイトをしたのが自分の原点なので、全国でBT整備のお手伝いができるのは光栄な話だ。

 一方、高速バス路線の収益改善という「本業」の方では、従来から提唱してきたダイナミック・プライシングの導入が進み始め、各路線の乗降データの細かい分析作業が続く。

 輸送人員や客単価といった数字自体は無機質だが、考えてみればそれらは一人ひとりの「お客様」の集合体だ。

 そして、データ分析の原点も、実はやはりBTのバイト体験だ

■「消費者」は「お客様」の塊

 「西口」でバイトを始めてすぐ、「早番より遅番の方が忙しいのはなぜか」という疑問を感じた。つまりは乗車率の差だ。新宿を午前に発車する便より夕方の方が乗車率が高い。

 夕方のお客様をよく見ると、甲州弁、信州弁が目立つ。つまり朝に地方側から東京に来て、夕方以降に帰る人の利用が多い。高速バスの乗客は、大都市側より地方側が中心だったのだ。

 ビジネスの世界では、現在の顧客と将来の顧客候補を一まとめに「消費者」とか「市場」と呼ぶ。その塊を、年齢や居住地などの属性で分類したのが「セグメント」。マーケティングの教科書の最初に登場する用語だ。

 高速バス市場を大都市と地方にセグメント分けすることで、自ずと、「現在のお得意様(地方側)の満足度を高め利用を継続させつつ、大都市という新規市場を開拓」という戦略が見えてくる。

 もっと深く分類することもできる。

 当時、西口の発券窓口は路線別に分かれていた。ある日、飯田線の窓口を担当中、平日だが満席便が発生した。それこそ、夕方17時発の便だ。

 予約のない方にはキャンセル待ちを行い、何人かに発券できた。それでもお一人だけお断りする羽目になった。「40分後の便でお願いします」と伝えたら、すがるように「なんとかなりませんか?」。でも満席なのは仕方なく、次便を購入いただいた。

 その日のバイト帰り。新宿駅から電車に乗ろうとしたら、タッチの差で発車してしまった。「ツイてないな」と舌打ちした瞬間、あのお客様の顔が浮かんだ。満席なのは仕方ない。でも、早く飯田に帰りたい気持ちを理解すれば、もっと丁寧な説明になったはずだ。

 別の日、今度は松本線の窓口で、同じように満席お断りが発生した。今度こそ丁寧に説明しようとすると、その方は話を途中で遮って駆け足でいなくなってしまった。

■飯田線と松本線のニーズの差は?

2014年5月8日、西口最終日の最終便を見送ったのも懐かしい。写真は翌日、備品類を搬出する際の様子

 新宿~飯田は、鉄道の直通がなく高速バスが主な交通手段だから、飯田に帰る人は満席なら次便を待つしかない。しかし新宿~松本は特急電車と競合する。

 当時、高速バス松本線が毎時50分発。そして10分後の00分には、新宿駅から特急「あずさ」が発車する。松本のお客様には、丁寧よりクイックな接客が重要なのだ。

 マーケティング、とりわけダイナミック・プライシングは、便ごとの需要を分析する仕事だ。単に需要の大小(乗車率)だけではない。どういう人が何の目的で移動するのか、いくらの運賃差があれば鉄道ではなく高速バスを選択してくれ、あるいはピーク時間帯から前後にずらしてくれるか、心理を読む仕事だ。

 多くの路線の便ごとの輸送人員や客単価の一覧表を見比べるのは興味深い。なぜこの路線だけピーク時間帯がずれるのか? この路線の競合相手は、同区間の在来線ではなく、実は山の向こうの新幹線駅でのパーク&ライドではないのか?

 無機質な数字の羅列からお客様の「顔」が自ずと浮かぶ時、正しく分析できているという手ごたえを感じる。

投稿 バスターミナルの新設計画増加中!! 厳しい環境の今だからこそニーズに忠実に!!自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。